夜が更けて,悟天は部屋の明かりもつけず,ベッドに寝ころんで,
ぼうっと天井を見上げていた。
数年前まで兄の悟飯とともに使っていた部屋だが,
悟飯はもう既に結婚して,隣に建てた家で新しい家族とともに過ごしている。
だから,今この部屋は悟天一人で使っていた。

昼間,トランクスの触れた唇の感触が,体のあちこちに生々しく残っている。
感情の上では少しだけ落ち着いてきたものの,頭の中はやはり混乱したままだった。
小さい頃から,トランクスは悟天に対して少々強引なところがあった。
年齢がひとつ上ということもあり,何かにつけトランクスが主導権を握ることが多かったが,
悟天を本当に傷つけるようなことをしたことはない。
それは,悟天にもよく分かっていた。
「どうして・・・」
そればかりが頭の中を巡っていた。

入り口のドアを軽くノックする音が聞こえる。
この家で,そうするのは一人しかいない。母親のチチだ。
「悟天ちゃん,ほんとに夕飯食べねえのか?」
悟天が返事をしないので,チチはドアを開けずに声をかけた。
普通の地球人ならともかく,サイヤ人の血をひいている悟天である。
その悟天が,食欲がないなどと,チチにとっては大事だった。
「悟天ちゃん,食わねえと体に悪いだぞ」
ドアの向こうで辛抱強く悟天の返事を待つチチだが,悟天は返事する気になれなかった。

「悟天ちゃん,どうしちまっただかな」
チチも食が進まず,ため息をつきながらつぶやいた。
その横で悟空は,まったく気にしない様子で次々に食べ物を口に運び,
「そういやなんか昼間泣いてたなぁ〜」
口いっぱいにほおばったまま軽いノリで言った。
「泣いてた!? そったら大事なことなして早く言わねえだ!!」
思わずチチが立ち上がる。
「いやあ,あいつだってもう子どもじゃねえんだしよ・・・」
きょとんとした顔で悟空が答える。
チチは悟天の部屋へ再び向かおうとしたが,
ダイニングルームを出ようとしたところで一瞬考え直すと,食卓へ戻ってきた。
「そうだな・・・もう子どもじゃねえんだしな・・・」
二人目の余裕か,チチは悟天に対しては,悟飯のときほど神経質ではなくなっていた。
変わったな,と悟空は思ったが,口には出さなかった。


その後数日,悟天はずっと元気がない日々が続いた。
さすがにまったく食べなかったのはあの日の夜だけだったが,
それでもいつもの半分くらいしか食が進まなかった。
チチは,悟天が少しでも食べるように,毎回悟天の好物ばかり並べたが,
それもあまり効果がなかった。

一週間ほどして,チチが庭で洗濯物を干していると,
後ろからおずおずと声をかける者がいた。
「あの・・・悟天いますか・・・?」
チチが振り返ると,そこにはトランクスが複雑な表情を浮かべて立っていた。
「トランクス! おめえ,悟天ちゃんとケンカでもしたんか!?」
その表情を見たチチは,思わずトランクスに詰め寄った。
「いや・・・あの・・・・・・まぁ・・・・」
トランクスは口ごもって足元に視線を落とした。
まさか,無理やりキスして押し倒した,などと言えるはずがない。
「まあいいだ。ちょっと見てくるだよ」
そう言ってチチは悟天の部屋へ向かった。

「悟天ちゃん,トランクスが来ただよ」
ノックしながら声をかけるが,悟天の返事はない。
仕方がないので,チチは
「入るぞ」
と声をかけてから,ドアを開けた。
悟天は,ベッドの上であたまから布団をかぶって寝転がっている。
「悟天ちゃん,トランクスが来たぞ」
ベッドの脇に立ち,チチがそう言うと,ようやく悟天は
「・・・いないって言ってよ・・・・・・」
と返事をした。
「いないって言えって言ったって・・・」
悟天がいるかいないかなんて,トランクスには気を探ればすぐにわかってしまうことだ。
悟天にだってそんなことは当然分かっているはずなのだが・・・。

「なんか,すねちまってベッドから出て来ねえだよ・・・」
再び庭に戻って,トランクスに言うと,トランクスはあからさまにうなだれて,
「そうですか・・・」
とつぶやいた。
「なあ,一体何があっただ? おめえたちがこんなケンカするなんてよ」
「あ,いや・・・たいしたことじゃないんですけど・・・」
あわてて答えるが,チチはそんなことで誤魔化せるような相手ではない。
「てえしたことねえってことはねえだべ。悟天ちゃんここんとこずっと
 あんな調子なんだぞ」
チチの追求に対して,トランクスは返す言葉がなかった。
本当のことなど,言えるはずがないのだ。
トランクスが返事をしないので,二人の間にしばらく沈黙が流れた。
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