2004年6月1日

昨日の激しい雨のおかげで、車に付いたハトの糞やらゴミが洗い流されたので、今日は久しぶりに洗車をしました。
デリケートな手の持ち主の私は洗車をするとき、ゴム手袋をはめるのですが、何故か左手用しかなかったので、今日は左手だけで洗いました。
左手のいい運動になったけれど、痙攣しそうになり、最後のほうは右手で左腕を掴んでモップがけするように乾拭きするという、情けないような、ナイスな感じのようなことになってしまいました。
珍しくボンネットも開けて掃除したので、明日はまた雨が降るかもしれません。
で、ついでだから、車だけでなく普段掃除しないような郵便受けやインターホンや玄関ドアも念入りに掃除しました。

間違いなく明日は雨だね☆

2004年6月2日

予想が外れて雨は降りませんでした。
やはり天気は日頃の行いではなく、ちゃんと天気図を見て予想するものか・・・?

は、さておき、今日は労働組合の総会がありました。
就職して8年になるけど、初めて参加しました。職場で不当な扱いを受けても、総会に参加していないと親身に助けてもらえないような気がいたしましたので。

で、労働組合委員長という方を初めて拝見したわけですが、顔一面にこれでもかってくらい白粉を塗って、これが口だって言わんばかりの真っ赤なルージュを引いている姿には驚かされました。(ちょっとオバQを思い出してしまいました)

しかし中身は相当に気風のよい肝の据わったカッコいい人でした。
なんせ、
「伊達にこんな真っ赤な口紅つけてるんじゃないわよ!!」だもんね。
白い顔に真っ赤な口紅は、経営者側に少しでも威圧感を与える為だそうです。w
何が何でも私たちを護ってやるので安心して!と何度も言っていましたが、この人なら護れると思いました。

バイトの人たちに文句言われて、「では、正社員をみんな解雇してバイトにします」と答えたウチのおバカ上司!この労働組合委員長様が一言物申すって言ってたからな〜っ!!
覚悟しとけよ〜!!!!

2004年6月3日

小僧寿しのウニ・・・・・・毒かと思った。(舌が痺れたよ(ーー;))

2004年6月4日

ま〜た足が痛くなったので整形外科に行くことにしました。
去年は運動不足って言われたけど今年はどうだろうね?
去年よりは運動したもんね。
と思いながら診察室へ。

先生「どうしました?」
ノゾ「足が痛いんですけど。」
と言いながら膝から下を摩る。
先生「そこは足とは言いません。足とはココのことです。と靴に覆われた部分を触る。

ガ━━━━(゚д゚lll)━━━━ン

そ、そりゃどうも失礼しましたねーっっ!!

数日前からぁbig toeが痛かったんですけどぉ、段々その痛みがfootやkneeに広がってきてぇ、今はleg全体が痛いですぅ☆

って言えばよかったね!
で、何だって?何処も悪くない?しいて言えば外反母趾気味?
ハンっ、別にいいんだよ何処も悪くないならそれで。
外反母趾気味なんじゃないかって前から思ってたしね。
フンっ、よかったよかった!! 一昨日来やがれ!!


フン、・・・一昨日行けばよかった・・・・・・腫れてたんだよ。

2004年6月7日

ウチの仕事場の保守員のおじさんは九州は佐賀の生まれで、コテコテの佐賀弁です。
何でも「よか。」で済ませ、その佐賀弁は、他の佐賀県出身の人でさえ時々何を言っているのか分からなくなるほどです。
しかも、ココ、大分に転勤になってもう9ヶ月経ちますが、大分弁に染まる気配は一向にありません。トルシエ並の根性です。
大分弁で喋る私たちと、佐賀弁丸出しのおじさんとは時々コミュニケーション不能になるときがあります。
そんなおじさんに今日は「『べんがたつ』ってどがん意味ね?」と聞かれました。
同僚の子供にとっても話し上手な子がいるので、「○○ちゃんは弁が立つ感じだよね〜」と私と同僚が話しているのが聞こえたようです。

いや、それは標準語だし。

いつも尊大な様子のおじさんがバツが悪そうな顔してたのが小気味良かったです。

2004年6月8日

川原泉著『川原の本棚1、2』のおかげで、すっかり読書家になってしまったウチのチビ妹。
アガサ・クリスティーの小説が面白かったとか、『戦争と平和』はまだちょっと難しかったとか、『にんじん』はあまり面白くなかったとか、私が読んだこともないような本の感想を述べるようになり、今まではマンガばかり買ってたのに、最近は本屋に行くと小説を買ってきたりします。

『ワンピース33巻』を買ったばかりの私の「姉」としての立場・・・崖っぷち。

2004年6月9日

今日はソフト部に在籍する中3のチビ妹の最後の中体連でした。
結果は準優勝(と言ったら聞こえはいいが、3校しかなかったりする。w)
いつも男の子に間違えられるとてもボーイッシュな妹だけど、さすがに今日は感極まって泣いちゃったとか。
4番に抜擢された自分としては悔いはないそうです。

「お疲れ様」ということで、今日の晩御飯は唐揚げでした。
嗚呼、実に二ヶ月ぶり。

2004年6月11日

久しぶりに牧場が舞台のマンガ読んでたら、チーズオムレツが食べたくなったので、昼ごはんに作った。
牛乳がなかったのでスキムミルクを溶いて使ったけど、今日の勝因はコレでしょう。

我ながら美味しくできた☆
味は。 

2004年6月15日

「虫の知らせ」っていうのは本当にあるようで、この日、M伯父さんはトラクターを借りるべく、義父の家をいつもより一時間早く訪れた。ところが昨日から約束しているにもかかわらず、義父の家は朝の9時だというのに戸が閉まっていて、人のいる気配がしなかった。呼べど鳴らせど返事がないので、仕方なく家に帰った伯父は妻にただならぬ義父の家の様子を話し、買い物に行くついでに妻の実家である義父の家をもう一度訪ねるように言った。妻はすぐさま実家へと出かけ、鍵のありかを知っているので、家の中に入ってみた。すると居間の入り口のすぐ傍で父が倒れていた。幸いにも意識があり、すぐに救急車を呼び、病院へ運んだ。父は脳出血していた・・・。

つまり、ウチのじーちゃんがついに倒れてしまったのだ(ーー;)

病院好きで検査好きで、ガンに憧れていたウチのじーちゃん、二週間前の内臓検診でどこにも異常が見つからずガッカリして帰ってきたウチのじーちゃん、脳出血で倒れるなんて誰が予測した?救急車で運ばれるのは暴走運転だから交通事故のときだけと思っていたよ。

伯母が駆けつけたとき、じーちゃんはパジャマを着たままで、近くにある炊飯器の蓋が開いていて、中にはご飯が少し残っていたという。失禁の状態から、倒れたのは夜のうちと思われる。おそらく寝る前に仕掛け忘れた炊飯器の様子を見ようと蓋を開けた瞬間に倒れたのだろう。もしそうならば、発見されるまでに12時間もかかっている。冬ならば死んでいるところだが、普段からどことなく運の良さそうなじーちゃんなので、それがこんなところで発揮された。しかし、12時間、じーちゃんはどんな思いで救助を待っていたのだろう?それは想像もできないような辛い刻だったに違いない。普段から家の中で肌身離さず持っている子機は、動かなくなってしまった右手側にあり、電話をかけることも、伯父や伯母からの電話を受けることもできなかっただろう。朝になってやっと誰かが来てくれたとほっとしたのも束の間、鍵がかかっていて入れず、麻痺した口からは助けを呼ぶこともできなかっただろう。

「じーちゃん、憧れの入院生活だね!!」
いつもなら、こう言うところだが、夕方知らせを聞いて駆けつけたとき、空白の12時間の辛さを思うと涙がポロポロ落ちるばかりで、話しかけることもできなかった。
なのにじーちゃんは麻痺した口で一生懸命何か言おうとしている。

私は家に帰ってからも涙がでるばかりだった。

早く良くなって、元の不滅のお喋りの明るいお茶目なじーちゃんに戻って欲しい。 

2004年6月23日

おじいちゃんが倒れてから、毎日病院に通っています。
ずっと流動食だったけど、一昨日から普通にご飯が食べれるようになりました。
看護師さんや同室の患者さんやその御家族の方がビックリするくらいの食べっぷりです。
スプーンを使って左手で器用に食べます。
ノゾも家に帰ってから、左手でご飯を食べてみましたが、これはものすごく疲れる!
左腕がどうかなりそうでした。いい筋トレになるかもしれません。
昨日は夕飯のバナナを貰ってしまいました。
じっとバナナをみつめていたのを気付かれたようです(^o^;
もうすぐ30になるけど、じいちゃんにとってはいつまでも「孫」なんだなぁ。。。