王 様 の 恋

何を考えてるのか、わからない。
俺のダブルスの相棒である東方の印象っていうのは大抵、コレだ。
いつも静かな瞳をして、笑う時もシニカルに口の端で。
元々騒ぐタイプじゃないし、そういう連中を馬鹿にするでもなく横で見てる人間だから、ますます中学では浮いた存在なのだと思う。
「あいつってさぁ妙に大人だよなー」
部長会議の帰り道。
何の話からそうなったのかわからないが東方の事になって。
野球部のヤツがそう呟くとバスケ部や剣道部のやつ等まで「言える!」とか言い出した。
部長会議というとそれっぽいがただの夏季予算申請報告会。
俺たちテニス部を含め、そこそこの実績を残している山吹中の各部。
ぶっちゃけて言うと、夏の大会に向けての予算分捕り大会と化したその場に東方もいて。
実は東方、我が山吹中生徒会の会長様だったりするのだが。
各部の要望意見はそれこそ色んなモノで。
とりあえず言っとけるうちに言っとけ、みたいな感じになり愚痴まで混ざった各部の言い様に東方は動じもせず、片眉を僅かに上げただけ。
最後の部が言い終わるとちいさな溜め息をついた東方は手元にあった各部の予算申請書を順次見やり、おもむろに口を開いた。
吃驚したのは俺たち。
何気なしに東方の口から出てくる、提示された数字は文句のつけようがないほど各部に必要なだけ金額だったから。
「文句ないよな?」
散々聞かされた愚痴にも何を言うこともなく、確認のみ。
何でもない口調だったけれど、その声には逆らえない力が見え隠れしていて。
言うだけ言ってすっきりした部長連中は頷くだけだった。
例年、揉めているのに早々と終わってしまった今年の夏季予算申請報告会。拍子抜けしたのは俺だけじゃなかったらしい。
「なんだっけ、聖徳太子?話だけだとあんな感じだよな」
「ああ?あー・・・10人の話を一度に聞けるとか、そういうヤツ?」
「そうそう。出来ない事とかなさげだよな、東方って」
馬鹿にするでも畏怖するでもなく語られる東方の人となりに、俺は苦笑しつつも頷いてみたり。
なんだかんだ言いつつも、尊敬に似た気持ちで東方のことを見てるんだと判ったからだ。
確かに、あの東方が何かに動じるトコなんて一般のオトモダチ連中に見せることなんてないだろうから、それも仕方がないのかとも思う。
「!」
ふと動かした視線の先。
視界の隅を通った東方の姿に気付く。
「んー南、どうかしたか?」
「え。いや何でもない」
慌てて、そう言うと「それよりさ」と話を変えるように全く違う話題を振ったりなんかして。
怪訝な顔をした連中も一瞬後には俺の話に乗ってきてくれてワイワイ喋りながら生徒会室のある校舎から遠ざかる。
最後尾についていた俺はそぅっと顔だけで後ろを振り返った。
ちいさく見えた、その場景にくっと声もなく笑う。
生徒会室は校舎の1階。
窓の横には大きな木があって昼寝するにはもってこいな場所。
その木陰に見えたのは眠ってしまったんであろう千石。
葉を揺らす風に存在感のあるオレンジ色の髪もさらりと流れて。
幹にもたれて舟をこぐ千石のそばまで行った東方が手を伸ばすのが見えた。
触れようとして思い止まる。
躊躇うような、その仕草がめずらしくて思わずマジマジと見てしまう。
せっかく気持ち良さそうに眠っているから起こしたくないんだろう。
逡巡した後、額から目許へと落ちた前髪をそぅっと掻き上げてやる、その横顔は見なかったことにしたいくらい甘いモノで。
東方が千石のことを大事に想っているのは判ってたつもりだったけれど。
そんな顔、見たことなんてなくて。
「・・・なんで俺が・・・」
「何、南。熱でもあんじゃねーの?顔真っ赤だぞ、おまえ」
「え!?や、大丈夫だよ何でもない何でもない!」
「変なヤツー」
突然掛けられた声に慌てて前を向くと、他のやつ等が不思議そうに俺を見てて「マジで何でもないから!」とブンブン手を振った。
火を吹いたように真っ赤になった顔を持て余しつつ、時折みんなの話に混ざりながら角を曲がる時もう一度だけ振り返った。
『見てんなよ』
「あ」
騒ぐ声に気付いたのか東方が千石を隠すように立ち、こっちを見ていた。
目が合うと口パクでそう言われ、犬でも追い払うように「しっしっ」と手を振られる。
苦笑を返した俺に東方はもう興味を無くしたみたいで。
踵を返すと眠っている千石の傍らに片膝をついた。
神聖なものに相対するかのように厳かに近づいていって。
掻き上げた前髪の下、日焼けしてない白い額にそぅっと口唇を落としたのが見えた。
その拍子に起きたらしい千石の腕が東方の首に回されるのを見て、俺は他の連中を追いかけたんだった。

「出来ない事なんてなさげだよな」そう言われてる山吹の王様。
でも俺は知ってるんだ。
寝てる恋人を起こしやしないかと触れることを躊躇ってしまう、そんな王様の恋のことを。