騎 士 精 神

「ねぇキミ、今ヒマ?」
千石と出掛けた時のこと。
ちょっとどこかで休もうよと意見が合って、千石がちょうど見かけたカフェの席を取っとくからと言うので、俺は思い出した毎月買ってるテニス雑誌を買うために斜向かいの書店に走った。
テニス雑誌を片手に千石も元へと帰って来てみれば、そんな言葉をかけられてる最中で。
「私たちも時間空いてるんだけど、どこか遊びに行かない?」
大きな通りに面したそのカフェには1人で座っている客も2人で何やら話しながら飲んでる客も多いのに、奥に陣取っている千石にわざわざ声をかけたらしい。
確かに千石のオレンジ色の髪は鮮やかで人目を引く。
「あーいえ、俺・・・連れがいるんで」
明らかに年上だとわかる二人連れに千石はにこやかな笑みを絶やさず断りを入れる。
母思いの兄たちの教育のせいか千石は女性に嫌な顔を見せることがない。
それでたまに変な誤解を生んだりもするが本人は至って気にならないらしいので俺も放って置いている。
テーブルに近寄った俺に気づいた千石がほにゃっと笑った。
先程までとは違う柔らかな笑みに声をかけた2人もそれにつられるように俺を振りかえった。
「悪い、待たせた」
「ううん。それより本あったの?」
「ああ」
「そ。あ、東方の分も頼んどいたよ」
俺は頷いて千石のそばまで行く。
「あ、あの!」
わざと無視された恰好になっていた2人が俺を見た。
言いたい事はわかってたがあえて目で「何?」と訊いてみる。
「・・・っ、一緒しても構いません?」
勢い込んで言われて、千石が少しだけ目を瞠った。
なんだ。つまり俺も目当てだったという訳か?千石を見下ろすと肩を竦められた。
にこやかな笑顔のままだったけれど千石の瞳にはどこかうんざりとした色が浮かんでて、俺が気づく前から結構しつこく言い寄られてたらしい。
「・・・・・・今、デート中なんで」
俺が面倒くさそうに答えると、今度はその2人が目を瞠った。
「ええ?だって2人だけでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・」
返されたその台詞に始めから狙いを定められていた事に気づく。思わず苦笑をこぼした千石の肩に手を置いた。
その行動に、千石が後ろに立つ俺を振り返って見上げた。
何する気なの?と雰囲気で尋ねられて、にやりと笑ってみせた。
「え、東方――」
ちょっとだけ慌てた千石の顎に手を伸ばすとくいっと上向ける。
覗き込むように見下ろす俺と唖然とした千石の目が合う。
そして俺が何をする気か気づいた千石の顔に笑みが浮かぶ。
ゆっくりと顔を近づけると千石が目を閉じた。
ふわりと、でも確実に意志をもって千石の口唇に自分のものを重ねる。
数秒その感触を味わった後、チュッと音をたてて離れた。
千石の顎に手をかけて10センチ程しか離れていない恰好のまま、呆然と俺たちのキスを見ていた2人に視線を向ける。
「・・・・・・・・・・・・」
「言ったよな?今デート中」
そう言い切った途端、2人は顔を真っ赤にさせてバタバタとカフェから出て行った。
その後ろ姿を見送って千石の隣に座るとタイミングを見計らったように持ってこられたコーヒーと、紅茶とケーキのセット。
手際よく並べられていくのを見ながら横目で千石を見ると今更ながらに顔をうっすらと赤くさせて俯いていた。
「ごゆっくりどうぞ」
お決まりの台詞を聞き流して、コーヒーに手を伸ばす。
恨めしそうに横目で見てくる千石に目だけで問うと「うー」と唸る声。
「何」
「・・・だって、ココ・・・」
いや今更だしな。大体のって来たのはオマエだろ?
何でもないように肩を竦めてみせると千石が苦笑して肩を震わせた。
「すっごい吃驚してたよねー」
「そりゃいきなり目の前でキスされればな」
「まーね」
くすくすと笑う千石に俺もつられて。
「あーやっぱり東方のそういう男前なトコ、すっげー好き」
「当たり前だ」
にやりと笑うと、ちらっと辺りを窺った千石からご褒美のキスを贈られた。