消 え た 涙

「あと、もう少しだね」
誰に言うでもなく呟かれた千石の言葉に東方とあれこれ話してた俺は視線を向けた。
千石は行儀悪く窓の桟に腰掛けて校庭より遥か下に見える街並みを見下ろしてた。
「何が」
「ん。ココにいるのもさ」
「・・・・・・ああ」
そろそろ卒業シーズン。
中高一貫の山吹だってそれは例外じゃない。
しかも一貫を掲げてるわりに中学と高校とでは敷地が離れてるというのはどういうことなんだろうと思う。
だから俺たちはココを卒業するともうこの場所に来ることはない。
高校に進学したって面子は全然変わらないのにちょっと変な感じだ。
つられるように窓から見えるちいさな街並みを見やった。
「もうこの風景も見れなくなるんだよねぇ」
入学したての頃は高台に建つおかげで慣れない長い長い坂道を上るのにあくせくしてた。
二年に進級する頃にはもうそれが当たり前で。
「街を見下ろせるこの景色だけは誇れたのにねー」
「あとは桜並木か?」
「そうそう。それ以外は伝統あるっつったって古いだけだもんなぁココ」
「いまだに廊下とか板だしな」
「講堂とか冬場はすきま風が入ってきて寒いんだよな」
「黒板だけ新しくなったら壁の汚さが目立っちゃって、泣きたくなったよねー」
三人して学校自慢を言うつもりだったのがいつの間にかその逆になってた。
三年間もいれば愚痴や文句もかなりの量だ。
でも、もうそれも終わり。
あと一月もしないうちに俺たちは卒業してく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・けど、さ」
千石がまた窓の外に顔を向けて、ぽそっと呟いた。
「楽しかったよね」
東方と顔を見合わせて、千石の背中を見た。震えるのを抑えるように掠れた声。
一瞬、泣いてるのかとそう思った。
「千石」
東方が声をかけると「えへへ」と振り返った。
「泣いてないよー」
「驚かすな」
こつんと東方に小さいゲンコツを喰らった千石が叩かれたとこを撫でた。いい音がしたから結構、痛かったかもしれない。
「高校に行っても変わんないのにね!」
けど、やっぱり寂しい気持ちはあるんだよね。囁くように言った千石の言葉に東方がその頭を抱き寄せた。
東方の影に隠れた千石の肩がかすかに震えてて、俺は視線を窓へと向けた。
「高校行っても馬鹿やるつもりだろーが」
気分を払拭するように明るい声でそう言うと千石が手を振って答えてくれた。
だよな。なんだかんだ言ってもさ、俺たちが変わることなんてないんだから。
それが良いことなのか悪いことなのか、わかんないけど答えを出す必要はないと思った春間近のある日のこと。