S o S w e e t

ぶぁっくしょんっっ!
派手なくしゃみにビクッとしてしまった。
ぼけっと視線を定めるでもなく前を向いて、会話が途切れたな、と他人事のように思った瞬間だったので結構驚いた。
自分でもらしくないと肩を竦めてから、鼻を噛む男へと視線を向ける。
「・・・大丈夫か?」
「そう見える?」
鼻を噛みつつ何度繰り返されたかわからない質問にへらりと笑って返された。
肩を竦めてみせると同様に肩を竦めて。
「こういう時ほど、何事にも動じない東方が羨ましいよ」
「いや、それは例えが違うだろ」
「いーの!今の状態だと何でもアリ!」
言い切った途端に千石はまた、くしゃみの連発。
しょうがなく足を止めると千石は背負っていたスポーツバッグからティッシュを箱ごと取り出した。
この時期、当たり前のように常備されているのが可笑しいやら物悲しいやらだ。
花粉症というのはメディアでも取り上げられているから、どういったモノだというのは知っている。
けれど、やはりなった者にしかわからない苦しさというものはある。
裏を返せば、なったことがない者にとってはどうしようもなく他人事だということ。
くしゃみを連発しては鼻を噛み、鼻の下が擦り切れて痛いだとか。くしゃみのし過ぎで筋肉痛だとか目の痒みのせいでコンタクトつけられないだとか。
大変そうだとは思いはしても、ただそれだけだ。
「何。こういう状態じゃあ『百年の恋もさめる』?」
云い様がなくてじっと鼻を噛む千石を見詰めていたら、困ったようにそう訊かれた。
ちらりと見た後そっと視線が外され、手に持っていた丸められたティッシュを公園の入り口に置かれていたゴミ箱へと放り投げた。
背中を向けてしまった千石に歩み寄るとマフラーの巻かれた首へ自分の腕を絡ませた。
「・・・・・・何」
「これくらいのことで醒める訳ないだろ」
俯いた千石の顔はマフラーに埋もれてしまってわからない。さすがに人目があるからキスなんか出来ないけど。
辺りを窺うとこっそりと千石のうっすらと赤くなった耳元に口を寄せた。
「困ってんのはここもう一週間もしてないからだ」
ぼそりと。
でも、はっきりとそう告げると『ぼふん』と音がしそうなほど千石の耳と見える頬が真っ赤になった。
マフラーの中でもそもそと何事かを言う千石の声。
「ん、何?」
「・・・・・・・・・・・・」
顔を近づけると素早く頬にキスされた。
思わず唖然として見下ろせば、上げられたはずの顔はまたマフラーに半分以上埋もれていた。
「・・・帰るぞ」
そういう事するから抑えがきかなくなるんだ。
夕日に照らされて、オレンジ色の髪がきらきらと輝く。
若いんだから仕方がないか、とやれやれと息を吐きつつ意外と天然君な千石の手を取った。