夏 祭 り( 相 談 編 )

「と、いうことでー日曜のお祭は6時に桐川公園に集合でーす」
千石の楽しそうな声が教室に響く。
時はお昼休み。
ざわざわとした雰囲気の中、エアポケットのようにはたと静まり返った一団に教室のあちらこちらから興味津々な視線が向けられた。
あくまでも隠れるように、だが。みんな自分の命は惜しいものだ。
ただでさえ雨の日でいつもより教室の人口密度が高いのに、よりにもよってアノ亜久津がいるとなれば人の片寄りは激しくないはずがない。
それにくわえ、楽しそうに話す千石を除いた3人は中学生男子の平均身長を軽く超えている。
ガタイの良さはそこそこなものの長い手足は学校用の簡易机には少々もてあまし気味で。
「集合条件は浴衣着用!絶対に守ること!」
教室の窓際、いちばん後ろ。
南と亜久津の教室であるこのクラスに4時間目終了のチャイムとともに、東方を伴い、千石がやってきた。
クラスメイトたちの心境が痛いほどわかる南は、どこか他の場所に移ろうと提案したのだがワイヤー並の神経を持つ千石は聞き入れない。
しょうがなく弁当を食べ始めたものの、機嫌が急降下した亜久津は何も口にしていない。
南がちらちらと覗うが亜久津は無視をきめこんでいるらしく雨の降りしきる窓の外から目を離さない。
「はーい、あっくん聞いてる?」
「・・・・・・」
「ちゃんとあっくんも浴衣着てきてね!着てこないと仲間外れになっちゃうよ?」
これ以上煽るなよ、と南と東方は千石を見やるが。
「あとねー団扇もオプションってことで」
「・・・・・・」
「あ。浴衣が嫌っていう時は甚平でも可だから」
「・・・・・・」
「団扇がない時は扇子でもOKだよ」
とうとうと説明を続ける千石には南の恨めしそうな視線も届かない様子。
「と、いうことだけど。あっくん了解?」
わざわざ窓との間に身体を滑り込ませ、千石が亜久津の顔を覗き込む。
とたんにジロリと睨まれるのだが千石には通用しない。
「返事がないのは了解ととるよ?じゃ約束したんだからちゃんと守ってね」
にこやかにそう宣言され、さすがに腹に据えかねたのか、亜久津ががたんっと派手な音をさせ椅子から立ち上がった。
びびったのは周りのクラスメイトたちで汗をかきつつ、自分たちに害が及びませんようにと祈るばかりだ。
「亜久津!」
たまりかねて南が声をかけるが、ふんと鼻で笑われてしまった。
「俺は行くとは言ってねーよ」
「なんで!」
噛みついたのは千石。
「さっき約束したじゃん」
「面倒」
ぼそりと言い捨てると他には見向きもせず教室から出て行った。
「亜久津!」
すぐさま追いかけていった南の姿を眺めやって、千石がにこりと東方へと笑いかけた。
「はーい計画どおり」
いっちょ上がり!と鼻歌交じりに食べ終わった弁当箱をかたづける千石を見て、東方はただため息をついただけで。
言ってきくようなら、すでにやっている。
亜久津を追いかけた南のこの後を考えるとやれやれと頭を振るしかない東方だった。

それまで息をのんで様子を覗っていたクラスメイトたちは、できればどこか他所の教室でやってくれと願うのであった。





「亜久津、待てってば」
ようやく捕まえたのは屋上へと繋がる階段のところ。
さすがに雨が降っていては屋上には出られないので、屋上へと通じるドアのところまで階段を上り詰めるとちいさな窓を細く開ける。
慣れた手つきでポケットから煙草を取り出すとおもむろに火をつける。
校舎内で、それも中学生という身分でありながら亜久津のその動作に躊躇いはない。
ふーっと息を細く吐くと窓からの風に乗ってふわりと天井へと上っていく。
「亜久津!」
「聞こえてる。怒鳴んな」
煙草をくわえたまま亜久津が南を見下ろす。
「で?」
「え」
「俺に祭りに行けってか?」
「・・・・・・それは」
踊り場の南が言いごもる。
「言ったよな?面倒なんだよ」
「けど、千石は楽しみにしてるみたいで」
「ああ?」
南の口から「千石」と出たのが気に喰わなかったのか、最上段の踊り場に腰を下ろした亜久津の眉が跳ね上がる。
睨み下ろされた南は首をすくめた。
「じゃあ何か、俺の都合より千石のほうが大事だってか?」
冷え冷えとしたその口調にしまったと思った南だが、一度口から出た言葉はどうしようもない。
こそりと見上げれば、じろりと睨む亜久津の視線とぶつかって。
「そんなことは言ってないだろ!ただ・・・・・・」
「ただ?」
「ただ。行かないんなら、ちゃんと千石に断れよ?俺が言ってもしょうがないんだし」
だからなんで、そこで千石の名前が出るのか。
くだらない嫉妬だとわかってはいても亜久津には腹立たしいことこの上ない。
むすっと黙りこんでしまった亜久津に南は様子を覗う。
視線を合わそうともしない様子を見て取った南はぽそっと呟いた。
「でもさー俺は亜久津と祭りに行ってみたいかも」
「・・・・・・」
「ムリにとは言わないけどさ。こういうのって季節モンじゃん?たまにはいーかなって」
「・・・・・・」
「俺、こないだ姉ちゃんたちに無理やり浴衣買わされてさ。着る機会なかったから、ちょうどいい・・・亜久津?」
煙草をくわえたままの亜久津がやれやれといった表情でうすく笑っている。
「え。どした?」
「千石の考えそうなこった」
「? ・・・・・・あ」
しばらく考えた南がバツの悪そうな顔になる。
南が浴衣を買ってもらったことを知っていて、わざとけしかけるように逃げ道の1本しかない教室で大声で話して、いなくなる亜久津とそれを追いかける南、ついつい説得に回るだろうことまでを見越していたっぽい。
「あー・・・ワリィ」
ぽりぽりと気まずげに耳の後ろを掻く南を見やって、亜久津がちいさく笑う。
「南」
「うん?」
「俺と祭り行きたいって?」
「・・・・・・ぅん」
小声で答えた南を亜久津はにやりと見下ろした。
「なら取引きといくか?」
「え」
「俺をその気にさせたら行ってやるよ」
数秒考え、答えに行き着いた南が真っ赤な顔で亜久津を睨む。
「なっ!俺がじゃあ、もういいって言ったら――」
「俺は別にどっちでも?」
構わねーよ、とめずらしく楽しそうに笑う亜久津に南は真っ赤な顔のまま、ちいさく舌打ちする。
コイツ絶対おもしろがってる!そうは思っても、なかなか外へ出たがらない亜久津と祭りにいけるのはそうそうチャンスがあるものでもなくて。
ちらりと覗えば「さぁどうする」と言わんばかりに、にやりと笑っているのが見えた。
「南」
「・・・なんだよっ!」
「来いよ」
片膝を立てて座っている亜久津が煙草をはさんだ左手で「来い来い」と呼んでいて。
思わず南はあたりを覗う。
元々ひと気のないところだがここを亜久津が使うようになってから一般の生徒たちが近寄ることはなくなっていた。
「来いよ、南」
静かな空間に凛とひびく亜久津の低い声。
まるで呪文がかけられたように、ふらりと南は亜久津へと歩き出した。





「・・・・・・ん・・・あっ・・・・・・」
最上段の踊り場のロッカーの陰。
南は亜久津の膝のうえでちいさく声を漏らした。
「その気にさせてくれんだろ?」
いったん唇を放すと亜久津が口の端で笑ってそう問い掛ける。
熱に浮かされたような南の潤んだ瞳が切なそうに伏せられる。キスはしてみたものの、あまり経験のない南にはどうしていいのやら見当もつかない。
しかも自分から仕掛けたキスでがたがたになってしまう自分が悔しくてしょうがない。
勿論、亜久津にしてみればそんな表情で見つめられただけでも簡単にその気になれる。
が、あえてしらんぷりをする。南から仕掛けてくることなんて滅多にない。ならば思う存分楽しませてもらおうと思っているからで。
「南?」
俯いた南の顎に手をかけ上向かせた。
至近距離の亜久津の顔に気づくと南の頬にかっと朱が走る。
上気した頬に潤んだ瞳、それだけでも亜久津の欲望バロメータは一気に駆け上ったが努めて表情に出さないように気をつけた。
自分でも何故かわからないくらいこの男に惹かれてる。
可笑しくて自嘲気味にちいさく笑った亜久津に気づいて、南がますます項垂れる。
あーあ、こいつダメだ。とか思われてるんだろーな。
ホントは好きで好きでどうしようもないんだと大きな声で言いたいくらいなのに。
キスひとつでガタガタになってる場合じゃないだろ、俺!と内心で自分を叱咤激励すると南はきっと亜久津を見上げた。
「あ?」
「・・・亜、久津」
ちいさく名前を呼んで思いきって、自分の上着のファスナーをゆっくりと下ろす。
ファスナーの下りるかすかな音だけが響く。
亜久津のめずらしく驚いたような表情に、これ以上は赤くなるのはムリだと言うくらい真っ赤なった南がそろそろと顔を近づける。
そっと重なった温かい感触に亜久津のなけなしの理性も吹っ飛んだ。
「・・・ん・・・・・・っふん」
荒々しく繰り返される亜久津のキスに南は縋るしかなくて、腕に爪を立てる。
「・・・南」
意志をもって訊かれた名前にちいさく頷く。
お互いに我慢の限界。
開け放された上着の裾から中に着ていたTシャツの中へと亜久津の手が滑り込んでくる。
鎖骨のところには亜久津の唇によって所有の証が刻まれていく。
「・・・・・・やぁ・・・っ・・・・・・」
南の潤んだ視線に気づいて亜久津の視線と絡んだ瞬間。

「おーい!イイとこで邪魔して悪いんだけどさーそろそろ時間だよー」

階段の下から嫌味なくらい大きな声。
絶対に悪いとは思ってない声の主は言わずと知れた千石、その人。
「次の時間、伴爺の数学でしょー?」
わざと姿が見えないところから声をかけて来るあたり、今の今までタイミングを見計らっていたのがバレバレで。
亜久津の膝の上の南は慌てて立ち上がるとささっと身繕いする。
「・・・・・・」
それを唖然と見つめたままの亜久津の手はまだ、わきわきと動いていて。
「・・・亜久津?」
南がこそっと窺うが。
ふるふると小刻みに震えている亜久津に気づいて南は思わず後退去った。
「それとも出て来れない最中だったりしてー?」
あはは、と悪びれもせず笑いながら喋る千石に南も殺意を覚えたが、亜久津のそれは南の比じゃなかったらしく、がたっと立ち上がると3段飛ばしで階段を駆け下りていった。
その音を聞きつけて千石も慌てて踵を返したらしい。
「うわっ!あっくん、冗談だってばー!」
「煩ぇ!てめぇ待ちやがれっっ!!」
ばたばたと廊下を走る音とともに、だんだんとちいさくなっていく怒鳴り声。
そろそろっと南が階段を下りていくと東方が呆れた顔でふたりが駆け去っていったほうを眺めていて。
南の気配に気づいた東方が振り返ると肩をすくめてみせた。
「で、話はまとまったのか?」
「あー・・・たぶん?」
ぽそっと呟いた南を見やって「んじゃ行くか」とさっさと踵を返す。
こういう時、何も言わない表情に出さないダブルスパートナーをありがたく思いつつこっそり見やって、南はちいさくため息をついた。
怒り心頭となった亜久津を宥めなきゃいけないのは自分なんだろーなーと泣きたくなった。
それでくても、ナニが途中だったことを思えば。
はーっと今度は大きくため息をついた南の肩をぽんぽんと叩いてやることしか出来ない東方がぼそりと呟いた。
「・・・面倒かけるな」
その台詞にいろんな意味で南の目に涙がたまったことは言うまでもない。