交 差 点

部活が終わり帰路につく。
部活中と変わらない騒がしい面々とくだらない話で盛り上がりつつ、ひとり、またひとりと別れていく道のり。
やがて。最後の大きな十字路にやって来る。
「んじゃまた明日ねー」
最後まで一緒なのは千石と東方のふたり。
「お疲れさん」
東方の家は十字路を右に曲がった方向。
千石の家はとうに過ぎた三叉路をまっすぐに行かなきゃならない。
「ああ、じゃあなー」
そんなことを訝しくも思わなくなった、ここ最近は片手を挙げただけで返すだけだ。
ぶんぶんと手を振っていた千石は先に歩き出した東方が右に曲がったのを見て、慌てて追いかけて行く。
ややあって、歩調を緩めた東方に追いついた千石の嬉しそうな横顔が見えた。

しばらく歩いていくと駅前へと渡る通りに出る。
踏み出そうとして、信号が赤に変わったのに気づく。
足を止め、ずれたバッグを肩に掛け直していたら誰かに見られているような気がして顔を上げた。
あ。
信号を待つ人込みの中、ひときわ目立つ人間に気づいて目を瞠る。
頭ひとつ分軽く出た身長もさることながら、夕暮れの薄闇でも目立つのは天へと向かい立てられた銀髪。
ぽつりぽつりと灯り出した街灯の明かりや店先の照明などで揺れるとキラキラ輝いて見える。
信号の向こう、通りを挟んで立っていたのはガラの悪いことで知られる山吹中の、その中でも知らない人間はいないほどの悪名を持つ亜久津仁。
今はもう学校が終わって、だいぶ経つから目立ちすぎる白ランは着ていないが、だからといって目立たないと言うことでもない。
思わず漏れた苦笑がこんな薄暗い中でも見えたのか、眉間にしわを寄せた亜久津の顔が遠目にもわかった。
機嫌を悪くされてはかなわない。
そう思って空いていた片手をちいさく上げてみせた。
その時、聞き慣れた音が鳴り出し、信号が青へと変わる。
ざわざわと動き出す信号待ちの人々。人の流れに押されるように足を踏み出す。
数歩進んだところで目の前に亜久津がきた。
亜久津よりちょっとだけ低い身長のせいで数センチながら見上げる恰好になる。
「・・・どっか行くとこか?」
訊いてみたが視線だけで見下ろされる。
もう慣れた(慣れるしかなかった)が目つきの悪い亜久津の視線はなかなかに心臓に悪い。
周りからは睨まれてるようにしか見えないのか、関係ありませんとばかりにそそくさと横を通っていく人たちに内心で苦笑する。
そんなものを顔に出したら、後が怖いが。
「え・・・っと、亜久津?」
「てめーんとこ行くつもりだった」
「え」
亜久津の瞳の色が薄いことに気づいたのはだいぶ前。肌の色も青白く感じるのは元々の色素が薄いせいらしい。
じっと見てくる亜久津の視線が痛い。
それでなくとも、こうやってゆっくりと顔を合わせたのは久しぶりで。
見られている、というだけでカラダが熱くなるようなのに。
「・・・南」
いつもとは違う、低い掠れたような声にかすかに欲情の色を覗かせて、ぼそりと呟かれれば。
真っ赤に染まった顔を手で覆い隠さないと、とてもじゃないがこんな往来で話なんか出来っこない。
全身の血が沸騰したように瞬間的な欲望が体中に渦巻いて。
見上げた視線にそれを感じ取ったのか、亜久津がうすく笑った。
と。亜久津がそのまま横を通り過ぎて歩き出す。
「・・・亜久津!」
どこ行くんだ?たまらなくなって思わず大声で呼びかけた。
3メートルほど進んだところで、亜久津は立ち止まると振り返った。
「・・・来いよ」
正直、その瞬間カラダが震えた。
亜久津の口の端に浮かんだちいさな笑いが癪にさわったが、もうそんなことを気にしてられる状況じゃなくて。
バッグの持ち手をきゅっと握り締めると、立ち止まったままの亜久津の元へと小走りで駆け寄った。

「覚悟しとけ」
にやりと笑い、告げられた言葉に真っ赤な顔で睨み返すしかなかった。