昼 寝

山吹中では年に1回、映画上映会なるものがある。
いささかガタの来た体育館に意味があるのかわからないキズ防止のビニルシートが広げられ、パイプ椅子が並べられる。
映画上映会とはいってもそれは名ばかりの感じで。
上映される内容が内容だけに見る生徒たちには不評この上ないのだが、それでもだるい授業を聞くよりはマシだというのでわらわらと集まってくる。
学校行事だというので全員参加は間違いないのだが。
「なんで亜久津がいんだよー」
「バカ!聞こえるって!」
あちらこちらでささやかれる同じ内容の会話。
件の本人はいつもと変わらない無表情で体育館の中央入り口に立っていた。
ただ、立っている。
それだけなのだがそれまで人の往来が激しかったその入り口を通る人間はぴたりといなくなった。
映画上映のために窓という窓に暗幕が張られた体育館は薄暗く、申し訳程度につけられた天井の明かりがぼんやりと輝いているだけで。
入り口から差し込む外の明るい光のほうがはっきりとわかる。
そんなこんなで入り口に立つ亜久津のたてられた銀髪は否応なしに目立つわけで。それまでもざわざわとしていた体育館も、今は違う意味でざわついていた。
「おーい、あっくんー!ココだよー!」
いきなり響いた声に視線が集まる。
8割方うまったパイプ椅子の中央付近でぴょこんと立ち上がった人物に体育館にいた人間すべてから「・・・おまえのせいか」といった視線が投げつけられる。
NASAも吃驚なワイヤー並の神経をした千石はそんなことは気にもならないといった風情で亜久津を呼ぶ。
(そんなこと気にするくらいなら衆人環視の中、あの亜久津を『あっくん』呼ばわりしないだろうし)
「煩ぇ」
ぼそりと答える亜久津に千石はにこりと笑いかける。
「約束どおり来てくれたんだーキヨ嬉しー!」
語尾にハートマークがつきそうな千石の言葉に苦々しげな顔で亜久津がじろりと見やる。
もちろん千石には効かないがその周りにいた生徒たちは慌てて視線をそらせた。
「ココおいでよ。ちゃんとあっくんの分、席取ってあるんだよ?」
「・・・・・・」
その途端、がたがたと逃げ出す生徒たちに千石が周りを見回す。
「ええー何ー?」
「馬鹿か、おまえは」
その隣に座っていた南が立ち上がる。
きょとんとした顔の千石に顎をしゃくると周りの生徒たちに「悪い」と声をかけながら並んだ椅子の列を抜け出して亜久津のほうへと歩み寄った。
「ちゃんと来たな、亜久津」
「・・・・・・」
「ほらーあっくん。睨まないの!かっこいい顔台無しだよー?」
「煩ぇ」
「あれ、ご機嫌ナナメ?」
「おまえは黙っとけ」
後ろからがしっと千石の口を塞いだのは南のダブルスパートナーの東方。
もごもごとまだ口を動かす千石を見下ろした東方の眼光にさすがの千石も大人しくなる。
「やっぱ。あそこの席じゃマズいだろーな」
振り返って南がぽそっと呟けば、「当たり前だろ」を東方が返す。
「見ろ。あそこだけ席空いたぞ?」
「うわーはっきりしてるな、皆」
「・・・・・・」
さっきまで南、千石、東方が座っていた席の周りは直径2、3メートルほど空いてしまっている。
「・・・だから言っただろーが」
斜め上から降ってきた亜久津の言葉に南は慌てて振り返る。
「いーじゃん、席いちばん後ろに座れば」
「・・・・・・」
「な?」
小首を傾げて南が見上げると渋々と亜久津が頷く。
瞬間「やった!」とばかりに顔を明るくさせた南が列のいちばん後ろに並んでいたパイプ椅子をがたがたと音をさせ、通路に割り当てられていた体育館後方に引っ張ってきた。
「ここなら大丈夫だろ」
えへへと笑った南に千石が「わー」と抱きついて、亜久津と東方のふたりからすぐさま離されたのは言うまでもない。

「にしてもさー毎年こんなんばっかだねー映画」
やがて始まった上映会のスクリーンを見つめて千石が「あーあ」と呟く。
他の生徒たちから随分と離れたところに陣取っていたがメンバーの中に亜久津がいるからと言うことなのか先生たちからのお咎めはなかった。
「も少し楽しめるヤツとかだったらいいのになー」
「しょうがないな。おまえみたいな落ち着きのないヤツを大人しくさせるために見せる映画なんだから」
「ええー?だったら、よけいに楽しめる映画のほうがいいんじゃないの?」
「・・・・・・もういい」
「え?なんで、東方。ねぇってば」
「煩いっての」
千石と東方の漫才のようなというのか、いまいち噛み合っていない会話を流しつつ、南は黙り込んだままの亜久津をそっと見やる。
ちなみに千石、東方、南、亜久津の順で座っている。
真ん中にそれぞれのストッパーが座っているほうが良いだろうという配慮だ。
「・・・なんだ」
視線に気づいていたのか亜久津が目を閉じたままちいさく口を開く。
「あ。うん、いや・・・やっぱ退屈?」
「・・・・・・」
「だよな?俺だって寝そうだし」
すっきりと伸びた長い足を組み、両腕を組んでもうしっかりと寝る態勢の亜久津を眺めやって南は苦笑する。
自分から誘った手前いちばんに寝るわけにもいかず、あくびをかみ殺しつつスクリーンを眺めていたのだ。
「もう寝ていいよ。俺も寝るし」
「・・・・・・」
ふっと鼻先で笑うと亜久津の頭が傾いだ。
「え」
ことん、と南の肩に乗せられたのは亜久津の頭。
見た目とは違ってふわふわとした柔らかい銀髪が南の頬をくすぐる。
「あ、くつ」
ぎくしゃくと見下ろした南を上目遣いに見た亜久津がにやりと笑ってみせる。
「誘いにのってやったんだ。礼貰うぞ」
「え?」
ぽかんとした南の唇をかすめたのは亜久津のあまり体温を感じさせないそれで。
真っ赤になった南の顔は薄闇でわからなかったけれど、震えた肩でそれを感じ取ったのか亜久津は満足そうに口の端で笑った。
そのまま目を閉じた亜久津は今度こそ本当に寝に入るつもりらしく、肩の置かれた頭が幾分重くなった。
呼吸のたびにかすかに上下する銀髪から漂うかすかな煙草とコロンの匂いに南も眠くなる。
くっついているとドキドキしていても安心するからなのか意識がだんだんと遠のいてくる。
おやすみ、亜久津。
呟かれた言葉は届いただろうか?





「ねー東方さ、今見た?」
「・・・・・・」
「見た、でしょ?」
「・・・・・・まぁ」
「亜久津ってホント南のこと大好きだよね」
「・・・・・・何が言いたいんだ、おまえは」
「うん?東方って話早いから助かるー」
にこりと笑ってそう言う千石を斜めに見下ろして東方がちいさくため息をついた。
「オレのこと好きならさーオレにもキスして?」
「・・・・・・(やっぱり)」
「ねー東方。キスー」
それとも嫌いになった?
首をかしげて千石が身長が違いすぎるため、だいぶ上にある東方の顔を見上げる。
ちっとちいさく舌打ちすると、東方は腕を組んだまま頭だけを目を閉じた千石の顔に近づけてそっと口付けた。
「・・・んっ・・・」
「・・・言い出したの、おまえだからな」
角度を変え、何度も繰り返されるその行為に言い出しっぺの千石の息も上がる。
それでもお互いの顔に浮かんでいたのは幸せそうな表情だった。





「おい、アレ起こさなくていいのか・・・?」
2時間後。
上映会が終わった時には4人仲良く居眠りしている姿が見られたらしい。