嫉 妬

* 亜久津編

最近、気づいたこと。南のちょっとした、ある癖。
「?どうした、亜久津?」
ほらまた。
突然、黙りこんだ俺を南が訝しそうに見上げてくる。
今現在・・・進行形で俺を悩ませているそのコトが、これ。
「何でもねーよ」
「そ?つーかさ。なら、いきなり黙んなよ。何事かと思うだろー?」
「・・・・・・ウルセ」
腰を少しだけ屈め、首を傾げるようにして隣に立つ俺を上目遣いに見上げる。
たいして身長は違わないはずの俺たち。
なのにそういう時の南は必ずといって良いほど、そうやって俺を見上げる。
その癖自体が嫌なわけじゃない。
なんで、そういう癖を持つようになってしまったのか?それを考えて、ふと思いついた『答え』が俺を馬鹿みたいに揺さぶった。
「ったく、おまえも相変わらずだよなー」
くすくす笑う南を横目で見やって、内心で溜め息を漏らす。
南がその癖を出すのは俺相手に限ったことじゃない。自分より身長の高い相手なら、その癖が出る。
日常において、割合に背が高い南より身長がある人間といえば限られてる訳で。そこが問題だということ。
「お。千石と東方、発見!」
「・・・・・・・・・・・・」
南に声につられてソッチを見ると、同じようにコッチを見た2人の姿が目に入る。
他愛ない会話をしだす南と千石を横に。
千石の隣に当たり前の顔をして並ぶ東方と目があった。

ふんと鼻で笑う東方にカッとなる。
何でもお見通しだという風な態度が癇に障る、この男。
「・・・・・・そんなの、感じてるのはオマエだけじゃない」
「ああ?」
どこか達観したような表情で苦笑しつつ漏らされた言葉の意味が掴めない。
「何、どうかした?」
ピシリとした、そこはかとない俺と東方との間の空気に気づいた南と千石が俺たちを見上げてきて。
思わず舌打ちしそうになった。
腰を少しだけ屈め、首を傾げるようにして隣に立つ俺を上目遣いに見上げる、その癖。
俺が隣に立つまで。
傍にいたであろう東方を見上げる時についた、癖。
言える筈もない、愚痴さえこぼせない南の癖に苦いモノが込み上げてくる。
「別に何でもねぇよ」
「そ?」
「ああ」
髪を撫でてやると南がにこりと笑う。
そんな俺に、俺にしか聞こえない声で東方が先ほどの言葉を繰り返した。
「そんなの、感じてるのはオマエだけじゃない」
言葉の意味を掴めたのは、もう少し後のこと。



* 東方編

「・・・・・・そんなの、感じてるのはオマエだけじゃない」
「ああ?」
苦笑しつつ漏らした俺の言葉に、亜久津が機嫌悪そうに眉間に皺を寄せた。
その原因は恐らく。
俺を見上げる千石につられてしてしまうようになった南の癖。
気持ちはわからないでもない。
自分の好きなヤツが他の男を見るときの癖で自分を見たら嫌になることぐらい。
けどな?
そんな嫌な感情があるのは亜久津だけじゃない。
いちばん傍にいる千石でさえ「そういう感情あるの?」なんて不思議そうに言う俺にだって、勿論ある、その感情。
「あ、そうだ!あっくん、伴爺からお呼び出しかかってるんだけど」
「・・・そんなんシカトするに決まってんだろ」
「え〜ちょっと、冗談じゃないよ。そしたら俺が文句言われちゃうじゃない!」
「知るか」
「え。わぁ止めてよ!髪ぐちゃぐちゃになるっ!」
亜久津は南の髪を触る感じで、千石の髪に触れる。
他愛のない癖だってことは俺だってわかる。そう、それこそ南が見上げるあの癖みたいに。
亜久津、おまえも嫌だと思っただろう?
自分だけにされる癖じゃないことが。
自分だけがしてる癖じゃないことが腹立たしい事だってあるんだなんて、おまえは考えもしないだろう?
くしゃくしゃになった髪を気にして上目遣いに睨む千石とそんな千石を口の端に笑みを浮かべて挑発的な目で見下ろす亜久津。
ハラハラとした表情で南が2人を見やる様なのはいつもの事。
「・・・・・・あんまり人のモンに気安く触れないで貰おうか?」
「あ?」
千石の髪に手を差し入れ自分の方へと引き寄せて。
その耳に蓋をして小声でそう言うと、軽く目を見開いた亜久津が俺を見る。
少なからず驚いたらしい。
亜久津の向こうには、こっちも同じように驚きの表情をみせた南の姿。
ひとりキョトンとして振り仰いでくるのは両耳を塞がれた千石。
「千石は俺のモンなんでな。気安く触られるのは正直イイ気分じゃない」
「・・・・・・!」
「言っただろう?オマエだけじゃないって」
話が見えない南は「え?」「え?」と俺と亜久津を交互に見やっていたが、言われた亜久津は俺の言葉の意味にようやく合点がいったらしく。ふと視線を逸らしたかと思うと口元を手で覆った。
揺れる肩口で笑っていることなんて一目瞭然。
南は訳がわからず目を瞬かせているだけで、千石に至っては声も聞こえていないから?マークを派手に飛ばしながら俺や亜久津を見回すだけ。
両耳を塞いでいた手を離すと千石が不思議そうに見上げてきた。
「ねぇ何なのー?」
「なぁ?」
千石の問いに南も便乗した恰好で2人して「ねぇ?ねぇ?」と訊かれて。
俺と亜久津は互いの顔を見合わせた。
「東方?」
「亜久津?」
だって、言える訳がないだろ?
いつもいる「友人」にさえ、胸を焦がすほど嫉妬してしまう、この恋心を。
そんな俺をまっすぐな瞳で見詰めてくるオマエに。
言える訳がない。
「別に何でもねーよ」
「ったく、亜久津はいっつもそれだよなー!」
「・・・・・・大した話じゃない」
「うん?」
少し考えてから口を開いた俺に千石が首を傾げて見上げてくる。
つられるように南も。
亜久津の眉間にホンの少し刻まれた皺。
「おまえは俺だけ見てればイイっていう話」
「「「!」」」
瞬間、真っ赤になった千石が俺の胸元にその顔を押し付けてきた。
見下ろせば耳まで真っ赤で、オレンジ色の髪を同化してしまいそうな勢いだ。
フワフワと動くオレンジ色の髪を撫でてやると身体ごと益々擦り寄られて、思わず苦笑を浮かべてしまった。
「おら南!邪魔みてーだから行くぞ!」
「え。あ、ちょっと待てってばっ亜久津!」
さっさと踵を返した亜久津に引っ張られて南が俺たちを振り返り振り返り、ついて行く。
その南の頬もうっすらと朱色に染まっていて、南と亜久津との間でも似たような遣り取りがあったのか?なんて考えた。
擦り寄ってきていた千石の腕が背中に回って、ぎゅうっと抱きしめられた。
かすかに震えてる振動が伝わってきて泣いているのかと思った。
「千石?」
名前を呼ぶと気付いたのか、布地に押し付けられたせいで掠れた声で「泣いてないよ」と返事が来て。
止まっていた、千石を撫でる手を動かすと擽ったそうに身を捩り、顔を上げてきた。
「ねぇ東方?」
「うん?」
「これ以上どうするつもりなの?」
「・・・・・・うん?」
疑問符満載な会話。意図がわからず、千石を見下ろせば。
にっこり微笑んだ千石と目があった。
「これ以上、東方のこと好きにさせて俺のこと、どうするつもりなの?」
そんなの決まってる。
千石の視界を埋めるのは俺だけでいいんだから。
おまえの世界を俺に。
おまえ自身を俺にくれないか?
そう言葉にすると。
千石は一瞬きょとんとした後、ふわりと花が咲くように破顔した。
今まで見せてくれた中で一番の笑顔。
「知らなかった?俺はもう東方のモノだよ?」
嬉しそうに紡がれた言葉に、胸を焦がしていたモノはあっという間に。
嘘みたいに無くなった。
千石の細い身体を抱きしめるため、その腰に腕を回した。