体 育 の 時 間

「・・・・・・千石、おまえコッチで着替えろ」
南とあっくんのいる隣のクラスと合同で行われる体育の時間。
その着替えをしようと白ランを脱ごうとファスナーを下ろしたところで、隣で着替えていた南がちいさく声をかけてきた。
コッチとは今いる反対側。
東方とめずらしく授業に出てきたあっくんに俺と南は挟まれてる状態で。
南とあっくんの間に入れってこと?
「なんで?」
「なんでって・・・おまえ、それ」
更衣室のやや薄暗く感じる照明の下、うっすらと赤くなった南が口篭もるように「それ」と俺の首筋を指差す。
なんだろうとロッカーの扉内にある小さな鏡を覗き込んだ。
「あ」
思わず声が洩れた。
少し角度を変えたところに見える、首の後ろの鬱血の痕。
南の逆方向で白ランを脱いでいる東方を横目で見やった。
「何」
「・・・ここ、後ろにつけた?」
視線を合わさないまま訊くと同じようにロッカーの方を向いていた東方が少しだけ考えて「ああ」と思い出したように頷いた。
「昨夜な」
「そーなんだ。だってさ、南」
「いや『だってさ』じゃねーよ、おまえ等。少しは動じるとかしろよ」
「ええ?今更でしょ」
「そだな。つか、南?」
「え?」
バッグから体操服を引っ張り出した東方が呆れた表情をして南を見やる。
「おまえも首の後ろにくっきりと痕ついてんぞ?」
「!!」
「あーやっぱり気づいてなかったんだ?」
「なっ、せ、千石、知ってたのかっ!?」
「うん。だって制服着てても見えるもん、そこ」
「!!」
堂々としてるから改めて言わなかったんだけどね。
そう言うと真っ赤になった南があっくんを振り返った。何やら怒鳴ろうとしようとしたらしいけど言葉が出ないみたいで。
そりゃそうだよね。
あっくんがいるせいで俺たちの周りはぽっかり空間開いてるし。
いつもならガヤガヤと煩いはずの更衣室が微妙に静かで、ちょっと声を張り上げれば更衣室にいる人間全てに丸聞こえ状態だろうし。
それでなくともすでに俺たちのキスマークは見られてる訳で、こそこそと囁かれてるのも気のせいじゃない筈だから。
「南、まぁ落ち着きなよ」
「ってなぁそうは言ったって・・・!」
俺を振り返った南はうっすらと涙目状態になってた。
その向こうでは、あっくんが肩を竦めていて。
あ。
白ランを脱いだあっくんの、ふと見えた背中。
一瞬後、背中を向けていた東方を振り返った。
「あー」
今度こそ、ホントにため息と一緒に洩れた言葉に東方と南、あっくんの視線が俺に集まった。
つられるように互いを見た東方とあっくんはちいさく吹き出して、くくっと笑いながら俺と南の背中の後ろでゴツンといい音をさせて拳をぶつけ合う。
互いに「しょうがねーなー」といった顔をした2人は男前だ。
さっきまで少しはザワザワしてた更衣室がいつの間にか、しんとなっていて。
ひとり意味がわかってない南が俺を見た。
「・・・何?」
「いやー南。これはホントお互い様だからさ堂々としてようよ?」
「あ?何だよ?」
上半身裸のままの南の首へ腕を回すと自分の方へと引き寄せた。
そのまま南の耳元へ口唇を寄せる。
「東方とあっくんの背中、すごい事になってるから」
「はぁ?」
「・・・見ていいけどさ、大声出さないようにネ」
「何なんだよ」
互いに顔を寄せた格好のまま南はまず、あっくんを見て言葉を失った。
その状態で東方をちらりと横目で見た南は瞬間湯沸し器みたいにボワンと真っ赤っかになった。
声を出さなかったのは誉めてもいーかな。
くっついたところから南の、それこそ頭の天辺から見えてる腹筋まで全身くまなくかぁーっと赤くなったせいでの熱が伝わってきて苦笑するしかなかった。
「・・・見てんじゃねーぞ」
ぼそりと呟かれたあっくんの台詞で更衣室内は糸が切れたように仮初めの喧騒を取り戻した。
でも俺たち以外の視線は東方とあっくんの背中に釘付け。
あーこれでまた色んな噂が飛び交うんだろうなー。
他人事みたいに考えた俺は南の背中をあやすように撫でてやった。
涙目で南は俺を見たけれど、かける言葉も見つからなくて。しょうがなく肩を竦めてみせるとさめざめといった風情で俯いてしまった。
だって、すっかり忘れていたと言うか。
無意識にやった事だから、意識の外過ぎて思いもしなかったのは俺も南も一緒だろうから。
皆の視線の先。
東方とあっくんの背中には。

アノ最中につけたであろう、思いっきり爪で引っかいた痕が生々しくも鈍い紅色でそこにあった。