君 と 僕 、 2 0 の 狭 間 --- 1 - 4

配布元 : 最果エレジー





01 * 跳 べ る 距 離

うん、俺と東方って仲はイイほうだと思う。
誰にでも笑って返す俺と違って、東方はあたり障りなく接するタイプな人だ。
笑わない訳じゃないけれど、心を許してくれてるっていうのが伝わらない感じ。
その他大勢っぽいクラスメイト達と違って、テニス部の人間はまだヒトとして扱われてるような気がする。
「千石、おまえ今まで何処に居たんだ?」
南が探してたぞ。
そう続ける東方は探してくれなかった訳?なんて思っても顔には出さない。
「ちょっと、ね」
生徒会の仕事が終わるまで待ってたんだ、とも言えない。
俺達の仲の良さっていうのは所謂『オトモダチ』だからだ。
可愛い女の子ならいざ知らず、俺から過多な好意を貰って嬉しいかどうかなんて考えるまでもない。
だけど。
「もう帰るんなら一緒に帰るか?」
「・・・・・・え」
「腹減ってんだ。つきあえ」
「・・・・・・うん!」
2人きりになると時々甘い顔を見せてくれるから、バカな期待をしてしまう。
もしかしてって思ってしまう。
「おら急げ」
言葉と共に腕が伸びてきて髪をくしゃりと撫でられる。
ぐしゃぐしゃになるから止めてよね!
そう言おうと顔を上げたら東方の優しい色を宿した目と目があって。
ふだんは見られない、ふわりと微笑んだ表情に声なんて出る筈もなく。
「さっさと来い、千石」
一歩前に出た東方に手を差し出される。
呼ばれた俺はふらりと、つられるように足を踏み出した。
ねぇ東方。
いつか、俺がその腕へと飛び込んでもいい日が来ることを願っても構わない?





02 * 細 胞 レ ベ ル で

笑えるくらい反応してしまう。
話した事もない、ただの級友。それすらも言葉が過ぎる。
アイツは生真面目で誰彼にも好かれる、所謂『優等生』タイプ。
片や俺はと言えば。
「・・・うわっスンマセンっ!」
出会い頭にぶつかって、同級生からもそう謝られてしまうような所謂『不良』。接点なんてある筈もない。
けれど、感情にはそんなこと関係はない。
謝り走り去るように逃げていなくなった名前も知らないヤツの背中を見やっていると遠く聞こえたアイツの声。
「ありゃーあっくんの、あの顔じゃあ逃げちゃうよねぇ」
「千石!」
「だってさ、あっくんが誰かとフツウに話してるとこって見た事ないでしょー?」
ピクリと反応した俺に気づいたかのように、時々屋上で顔を合わせるようになったオレンジ頭の笑いを含んだ言葉が聞こえて来て、そっちを見れば。
慌てた様子でその口を塞ごうとしていたツンツン頭のアイツ。
何の気なしに絡んだ視線に動きが止まった。
「・・・俺は、おまえと話してみたいけど?」
そう言ってにこりと微笑んだアイツに心臓まで止まりそうになった。
細胞単位で訴える、この感情は何なんだ。





03 * 左 か ら 右 に

結構、仲良くなれた。
そう思ってるのは俺だけなんだろうな。
偶々2人きりになった屋上の片隅。
隣でダルそうにフェンスに凭れかかって煙草を燻らしている亜久津は何を見るでもなく、ぼんやりと空に視線を向けたまま。その横でぽつりぽつりと話す俺の存在はとうに忘れられてたりするのかも知れない。
「それで・・・俺、思ったんだけど」
聞いてるかは判らない、けど、俺が喋らなかったら物音ひとつたたなくなってしまう空間にいるのはやっぱり精神衛生上キツい。
いや正直もう、かなりイッパイイッパイだったりするんだけれど。
「亜久津・・・聞いてる?」
「・・・・・・・・・・・・」
やっぱり返事はない。
だけど、そんな居た堪れない屋上に残ってる俺はそれだけの理由を持ってる。
初めからそうだったんじゃない。
バカ千石のおかげで知り合えた亜久津に気付いたら惹かれていて。
今では違うドキドキ感を味わってたりするんだから驚きだ。
だから傍にいたいな、と思ってはいるんだけれど。
亜久津の態度はそっけなくて『トモダチ』としてさえ見られてないような状態は心臓に悪い。
「俺、おまえともっと仲良くなりたい」
聞いちゃいないんだし、と思って言葉にしたら。
なんで何だか驚いたように振り仰いできた亜久津と目があった。





04 * 影 踏 み

どう考えても不利だと思いつつ。
付き合ってる俺も大概終わってるなと感じるのだが。
「え、ちょっと東方!木陰に入っちゃうのはズルいでしょ!」
「・・・おまえがその台詞を言うか?」
190近い俺と170ちょうどしかない千石とでは常日頃からその身長差を感じさせられるというのに、夕方の影が伸びる時間帯では、それは尚更な話で。
中学3年生にもなって何の遊びだと笑われるかもしれないが遣り始めると負けん気が起きてしまったものはしょうがなく。
ぎゃあぎゃあと愚にもつかないことを言い合いしつつ、あちらこちらへと歩を進める。
「ったく、東方も何だかんだ言って負けず嫌いだよねぇ」
大した距離でもないのにポツリと呟かれた千石の言葉はやけに遠く聞こえた。
思わず振り仰ぐ。
自分の伸びた影へと視線を這わせ、口元にちいさく苦笑を湛えた千石がいた。
そう、言い出した千石が言っていたのは負けたほうが勝ったほうの言う事を何でも聞く、そんな他愛ないもの。
けれど俺には。
子供じみた馬鹿みたいな勝負の真似ごときでコイツが手に入るのならば、一世一代の大勝負なのだから。
馬鹿だと思いつつも力が入ってしまうのも当たり前の事。
「・・・じゃあ素直に俺のモノになれよ」
独りごちた台詞と共に踏み出したその一歩に、ゆるゆると影が重なった。