50TITLE * MINI --- 2

お題はコチラから。





11 * 肝試し

「・・・・・・ねぇ、ルートと違ってない?」
「・・・・・・だよな?」
俺と南は互いを見て「あはは」と笑ってみた。
テニス部の合宿中、あまりの暑さにやろうということになった肝試し。
伴爺の許可を得て、学校の裏山で行う事になったまでは良かったんだけど。
「でも貰った地図ではこの道なんだよねぇ」
俺の呟きを受けて、隣を歩いていた南が辺りを見回す。
見渡せども視界にあるのは闇ばかり。明かりといえば互いの手にある小さな懐中電灯が二つだけ。
このまま進んでも、始める前に聞いた折り返し地点であるはずの祠には着かない事はわかる。
「・・・・・・この地図が原因か?」
眉間に皺を寄せた南が俺の手元の地図を覗きこんで来た。
そうとしか考えられないよねぇ?そう答えようとした、その時。
背後の茂みがガサリと音を立てた。
「「!!」」
叫ぼうとしたけれど、声は出なかった。
だって互いの口元を覆っていたのは。
「おまえら鈍いぞ」
「普通、最初のうちで気づくだろーが」
南の口元を覆っているのが亜久津の手で、俺の口元を覆うのが東方の大きな掌。
呆れたような口調でそう言われ、元々の原因がこの2人だった事に今更ながら気づく。
脅かし役をやると言い出したのは東方で、後から頷いたのが亜久津。最後は部長と副部長が締めろよと言ったのも、この2人。
南を見やると、唖然と自分の口を覆った後ろから抱きしめる格好の亜久津を見上げていて。つられるように俺も背中に感じる東方を振り仰いだ。
目が合うと口の端で笑われた。
そして東方と亜久津は互いの視線を絡ませるとニヤリと笑いあった。
「じゃあ、という事で」
「ああ」
その言葉を合図みたいに、南は亜久津に、俺は東方に引っ張られる。
訳がわかんないのは俺と南。「え?」「え?」とそれぞれの腕を引っ張る人物を見上げると。
肝試しをやろうと言っていた暑さなんて吹っ飛ぶような、そんな笑顔で微笑まれた。
「合宿所じゃゆっくりデキないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・っ!」
2人が言いたかった本当の意味に気づいた俺と南は声もなく。
ガサガサと音を立て、アチラとコチラの茂みの奥に連れ込まれる互いを見やった。
呆然とした顔はお互い様だったみたいで。
それがその日の晩、互いを見た最後。
翌日の朝。
俺が南の顔を、南が俺の顔を見れなかったのは当然。
何食わぬ顔をして隣で朝食に箸をつける東方と亜久津がご機嫌だったのは周知の事実だった。





12 * 年越し蕎麦

「・・・・・・ホント、すごいよねぇ」
「・・・・・・全くな」
いつものメンバーで年を越すことになって。
家人が出払って誰もいないということで東方の家に集合した。
ダラダラと過ごすだけだったハズの日程がいつの間にか、年越しパーティに変わっていて誰ともなしに何だかんだ言いつつも準備中だったりする。
晩ご飯は鍋でもするかという話になって(喰い盛りの中学生4人じゃオシャレなモノとかだと追いつかないからだ)千石と勝手知ったるなんとやらで東方家の冷蔵庫を物色してたんだけれど。
「ていうかさぁ何処で覚えてくんの?そういうの」
「何処ってなぁ?」
「誰にでも出来るだろ」
「いや、それは無理!」
「普通の中学生男子じゃありえないだろー」
俺と千石の抗議にも目の前の2人は何処吹く風だ。
たしんたしん、と小気味いい音をさせて打ち付けているのは今夜用の年越し蕎麦。
東方が見つけてきた蕎麦粉を亜久津がこね出したと思ったら、それに東方まで加わって。
「適当だけどまぁイイよな」なんて言ってたけれど、見よう見真似な割にちゃんと形になってるところが凄い。
まぁ無駄に才能が使われてる気がしないでもない、が。
「やーでも本当に2人とも凄いって!」
心底、感心したような千石の言葉に東方は勿論、亜久津までもが満更でもない顔をして見せて。
もわもわした空気の中、また蕎麦を打ち付ける音が響き始めた。
今夜はその格好良さに免じてサービスしてあげようよという千石の耳打ちに苦笑しつつも頷いた、大晦日の午後。





13 * パソコン

静かな部屋に響く、カタカタという音。
「・・・・・・眩しいか?」
「ううん」
大丈夫。そう答えると東方は口の端にちいさく笑みを浮かべて、またパソコンの画面へと向き直った。
最近の東方はパソコンに熱心で。
俺を抱いた後でも、暗闇の中ひとりでデスクトップに向かう。
以前はなかった、壁を占めるシェルフに置かれたパソコン。
コトが終わり裸のままでベッドに横になってる俺から見える、その画面には「株」「証券」なんていう文字。
そして時折見かけるのは政治関係のサイト。
でも俺は何も訊かないから、東方も何も言わない。
近い将来。
進む道が違ってくるのかな、なんて考えてみたところでそれはしょうがない事だとわかってるから。
ただ、どの道を行こうとも俺は東方を応援するつもりだし、他の人間が背を向けようとも俺だけは味方でありたい。
例え・・・東方の隣に俺じゃない誰かが立つことになったとしても俺は、俺だけは。
ぼんやりとそんな事を考えるでもなしに東方の横顔を見詰めていると、ふと東方が俺を振り向いた。
「千石」
「ん。何?」
「・・・・・・いや、何でもない」
「そ?」
「・・・・・・ああ」
ホンの僅か。
もどかしそうな表情になった東方の横顔に気づかないフリをして俺は「眠くなったから先に寝るよ」と腰のあたりに掛かっていたタオルケットを引っ張りあげた。
もし、あの時。
東方の関心をしめる、そのパソコンになりたいよと言ったなら。
ねぇ東方、何か変わってたかな?





14 * 愛しています

聞いていると、段々と目蓋が下りてくるのは気のせいじゃない筈の五時間目の現国。
もう暑いといえる時期なのに、坂の上に建つ山吹中の教室は風が入ってくるから気持ちがよくて尚更。
うとうとしかけていると何処かから聞こえてきた、ビリリと紙を裂く音にハッと我に帰った。
こっそり辺りを見回しても、そんなのを気にしてる人間はいなくて。
あれれ?と首を傾げた、その時。
パサリ、と落ちてきたのは小さくたたまれた紙片。
「?」
教壇で喋りつづける現国の教師に見つからないよう、教科書の影で広げてみた。
「!」
思わず。
ゴッツン!とイイ音をさせて机へと突っ伏した。
周りのクラスメイトが何事だと振り返ってきたのがわかったけれど尚更、顔なんて上げられなくて。
「南ー気分悪いなら保健室へ行けよー」
勘違いしてくれた教師に手を振るのが精一杯。
熱くなった頬に無機質な机の冷たさが心地良くて、益々離れられない。
すると、またパサリと降ってきた紙片。
『目、覚めたかよ?』
コトの張本人はしれっとしてるのが腹立たしい。
出来るだけ顔を上げずに、亜久津のいる後ろの席を振り返るとニヤリと口の端で笑われた。
『俺もだよ』
やけっぱちでそう、音を出さずに伝えると亜久津は器用に片眉を上げた後、俯き加減で声もなく笑った。
その顔が意外と嬉しそうな感じで、見てられなくて黒板へと向き直った。
最初に降ってきた紙片は大事に胸のポケットの中へ。
『愛してる』
そんなの知ってたけど、形に残るものだから。
ちいさな紙切れでも俺には大事な宝物だよ?





15 * 姿勢

ヤンキーのくせに亜久津の姿勢はいい。
うんまぁこれで悪かったりしたら、益々目を逸らす人が増えるんだろうけど。
ただでさえ人目を引く煌びやかな銀髪と日本人には見えない色素の薄さ。
それに加えて、平均を上回る身長としなやかさを感じさせる肢体。
整いすぎたバランスの上に、立つ姿勢はまっすぐと伸びて。
初めは「うわー」とか上目遣い気味に見られていた視線も、気がつけば全く正反対のモノに変わっていて。
「南」
本人は気づかない視線を集めた、亜久津が俺の名前を呼ぶ。
視線を向けると口の端にちいさく笑みを浮かべた亜久津が「来いよ」と顎をしゃくった。
少しだけダルそうに立つ、その姿勢さえも人目も集める。
同性なのに、所謂そういう関係の俺でも「カッコ良いよなぁ」とか思うんだから。
それも仕方がないのか、とは思うけれど。
「今、行く」
「早くしねーと時間なくなるぞ」
「うん」
近寄ると、呆れた顔で迎えてくれた。
「何笑ってんだ」
「んー・・・内緒?」
「ああ?」
「いーんだよ。亜久津のこと好きだなーって思い直しただけのことだから」
お互いに顔を見て目が合うと「ぶふっ」と吹き出した。
咥えた煙草が揺れて、亜久津の抑えた笑い声が耳朶を擽る。
「行こう?」
まだ笑ってる亜久津を促すと大人しく付いて来て。
まっすぐな姿勢を持つ亜久津の気持ちが向かってきてるのは俺だと知ってるから。
俺もまっすぐ、この愛しいと思う気持ちを伝えたい。
少しだけの優越感を感じながら。
羨望の眼差しの中、亜久津の隣に並んだ。





16 * テレビ番組

たまたま、つけっ放しだったTV。
ふと顔を上げた、その時。
「あ」
声を漏らした俺に東方もパソコンから視線を向けた。
「なんだ?」
「うん、いやーこの人の顔って意外と好みだなぁって」
「・・・・・・へぇ?」
「あ!」
ヤバっと思った時にはもう、東方の口には薄い笑み。
床に立膝で座っていた東方がのそりとベッドに寄りかかっていた俺の元まで寄って来た。
「え。いや、あのね・・・?」
「あの顔が好みだって?」
「う・・・」
至近距離で上から覗き込まれて、俺は俯くしかない。
背中に当たるのはベッド。そして俺の両脇には東方の両腕。
逃げ場所がないうえに目の前には百獣の王の風格を持つ、薄い笑みを浮かべたままの東方。
思わず膝を抱えて「どうしよう」と考え出した、その時。
くっと笑う声が聞こえてきて、顔を上げた。
「あれ、ウチのじい様だ」
東方の言葉に目が点状態の俺。
ぽかんと東方を見上げるとまた、くくっと笑われた。
「母方のじい様。『先生』やってるから、たまにしか顔合わせないけどな」
「えぇ・・・?」
ちらりと横目で見やったTVでは、お昼の国会中継。
時折映される議事堂内の風景に見える横顔。言われてみれば面影がない事もない。
引き締まった表情、精悍さを感じさせるその顔は甘さを許さない、他の『先生』達とは一線を画す、そんなイメージ。
そう言えば、水面下ながら人気があるような事を噂で聞いたこともあったっけ。
「ああ見えて、結構イイ根性してる人だ」
「それって」
「ああ?」
東方とやっぱり血縁だからでしょ?そう言おうとした俺の口唇は東方のそれに阻まれて音にはならなかった。
「好みの顔、思いっきり堪能させてやる」





17 * 将来の夢

『「将来の夢」は何ですか?』
進路調査に書いてあった設問。
・・・・・・ねぇ、アナタの夢は一体何なんですか?

俺はテニスをするために山吹へやって来た。
それは今も変わらなくて、そして、これから先もテニスをやっていきたい。
プロになるだとかインストラクターだとか今ならまだ選択肢は色々とある訳で。
つまらない、飽きたと繰り返し、部を辞めた亜久津はもうテニスコートには立たないだろうと思うし、進む道は違うんだろうなと考えなくてもわかる。
南は南で何だかんだ言って、俺と同じでテニス馬鹿だったりするからどういうカタチであれ続けていくんだろう。
だけど、東方は・・・・・・?
「どうした、千石?」
「ううん何でもないよ。で、それ買うの?」
「ああ。ちょっと待っててくれ」
「うん、ココにいるよ」
スポーツショップでのデート中。
足りなくなったグリップテープを選んだ東方がレジへと向かうその後ろ姿を見送った。
だけど、東方は・・・・・・たぶん。
高校までは『部活』としてするかも知れないけれど、その先は。
俺や南とは違う道を進むだろうから。
テニスをしてる時は楽しくてしょうがない。だけど、最近はその事が頭から離れない。
テニスをしに山吹に入ってすぐに、南と知り合い、亜久津とも言葉を交わすようになって。
でも一番最初に頭に浮かぶのは東方の存在。
ずっと一緒にテニスコートに立てるものだと思っていた。
だけど。
俺がシングルスプレーヤーで東方がダブルスプレーヤーであるように、同じ時間を生きてても同じコート(土壌)には立てない。
それもアリだと思うし、当然なんだというのもわかってるつもりだ。
隣に立つというのがいつも傍にいることだとも思わない。
だけど、東方。
俺はいちばん傍にいたい。
いつも傍に東方の存在を感じていたい。
俺だけを見ていて欲しい。
そうも思ってしまう、願ってしまうんだ。
だけど、ね?
東方のやりたい事したい事があるんだったら俺はその道に立ち塞がることなんて出来ない。
俺はテニスが大好きで、そして、それ以上に東方のことも想ってるから。
東方が前を見てるんなら俺はその手伝いをしたいと思うし、絶対に邪魔なんてしたくない。
「・・・・・・それで笑ってられたら、俺だって」
騒がしい店内に独り言はかき消されて。
執行猶予はあと3年かな、なんて・・・ホントは確定だとわかってるのにまだ事実を受け入れることなんて出来なくて。
ちいさな紙袋を片手に俺の元へと戻ってくる東方の姿に俺は声もなく泣いてしまった。
『将来の夢』っていう言葉は明るい未来を感じさせる筈なのに俺にはそうとは思えないから。
せめて。
心の中だけででもいいから、少しだけ泣かせてください。





18 * インスタントカメラ

最近の亜久津はカメラにハマっているらしい。
とはいっても本格的なモノなんかじゃなく、携帯についてるそれだけれど。
待ち合わせの場所に行くと携帯を片手に、ビルで分断させられた空を撮ってたり。
公園のちいさな噴水から上がる水飛沫を撮ってたり。
何度「見せて」と強請っても亜久津は見せてくれなくて。
不貞腐れたこともあったりして(一方的に)喧嘩したりしてた。
まぁ終いには、どうでも良くなったんだけど。
だから、全然気づかなかったんだ。
「あっくんの携帯の待ち受けってさ、あれ・・・南だよね?」
あっくんといる時の南ってイイ顔してるよね。
そう言う千石の方が物凄くいい顔してたんだけど、と苦笑した。
改めて訊く勇気がなかったから亜久津が寝入ってから、こっそりと携帯を開けさせてもらった。
そこにいたのは、千石の言った通りの表情をした自分。
嬉しさなのか恥ずかしさなのか、頬に上ったわからない熱さに思わず枕に突っ伏した。
ふと視界に入った、隣で(ヤンキーのくせに!)健やかそうな顔で寝入った亜久津を見てたら腹が立ってきて、高い鼻をぎゅっと摘んでみた。
苦しそうに眉間に皺が寄ったのを確認してから手を離す。
ったく、言えば撮らせてやったのに。
もう絶対にそんなこと言ってやらないけど。
隠し撮りぽかったから、俺も気づいてないフリしてやるよ。
気持ち良さそうに寝てる、その隣に潜り込めば。
当たり前のように腕が回されて。
温かさを分け合った、ある日の夜。





19 * 死に様

「・・・・・・おまえ、ロクな死に方しねーな」
ランチタイムでの会話の途中。
なんだかんだと話が飛び、ふと途切れたその時。亜久津が呆れたようにそう口に出した。
話の流れで偶々出た言葉だとは思うのだが。
俺も強ち、それはハズレじゃないような気がするから亜久津と東方を交互に見やった。
言われた当の本人である東方は驚いたのか少しだけ目を瞠り亜久津を見る。
「・・・・・・別に俺は構わないけどな」
「ああ?」
口の中で転がすようにして言葉を紡ぐ東方はいつもの表情。
何も考えてはいない筈がない、でも何を考えてるのかわからない、そんな表情。
静かな瞳のまま、亜久津を見ていた東方はくつりと笑う。
そして自分の横に座っていた千石の髪に手を差し入れ、くしゃりと撫でた。
「いつかは死ぬんだから、しょうがないだろ?ただ、それまでの年月をどう過ごすか、それが問題なだけで」
「だから俺は言ったんだけどな?」
「まぁな。俺の性格からして人に恨まれないとは言い切れない」
「え〜でもさ、東方なら人に恨まれるような事したとしてもだよ?相手に気づかれるようなヘマはしないと俺は思うけど?」
亜久津と東方の会話に、ふと千石も混ざる。
その口から出た言葉に亜久津も俺も思わず「・・・・・・ああ」と納得してしまう。
そうだろう、こいつが人に腹を見せるわけがないもんな。
当然のごとくダブルスパートナーをそう思ってしまう俺も俺だが、恋人である千石の言い様(だって微妙にフォローになってないだろ)に頷く東方もどうなんだろう?
ちょっとだけ呆れた気持ちで千石と東方を見る。
「・・・・・・まぁ?死ぬ時に隣にコイツがいれば、俺はそれでいいだけの話だ」
千石の髪をもう一度撫でながら東方が薄く笑う。
その東方も、言われて微かに俯いた千石も酷く幸せそうな顔をするから。
俺と亜久津は2人して溜め息を重ねただけだった。
それなら悪くないよな。
そう思ったのを隠して。





20 * 二人の距離

俺といる時は隣に立つのに、千石といる時は、どちらかというと数歩下がった感があるのは気のせいだろうか。
ふと気になって観察してみた東方の行動。
「朝はまだ涼しいのに昼間は暑いよねぇ」
「もう七月だしな。夏本番だろ」
2クラス合同での移動教室。
特別教室棟へと向かっている時千石がもこもことした雲を見上げて感心したように言った。
つられて見上げた空は青々としていて気持ちが和らぐ。
坂の上に立つ山吹中は風が吹けば、そこまで暑さを感じない。
校舎を取り囲むようにして立つ木々の間を風が通り抜け、さわさわと葉擦れの音が耳に心地いい。
「あ。キレー」
ふと足を止めた千石が振り返った。
前を歩いていた千石と俺の3歩後ろに東方がいて、その千石の言葉に東方がちいさく笑った。
「おまえの髪みたいだな」
「え〜俺のはここまで可愛い色してないでしょ?」
「ああ」
「・・・・・・自分で言っといてナンだけど、そこで頷かれるのも癪に障るよ?」
くくっと笑う東方に千石が少しだけふくれる。
2人の視線の先には木々に巻きついた蔓に咲く、鮮やかなオレンジ色のノウゼンカヅラ。
手を伸ばせば届くその距離に、東方が千石を見下ろす。
「採るか?」
「ううん。いいよ、花はそうやって咲いてる方が綺麗でしょ」
「確かに」
くつりと笑った東方の返事に千石もふわりと笑って。
互いの距離は30センチ。
手を伸ばすとすぐに千石に触れられる、その距離。
ぽんぽんと頭を撫でた東方に千石がくすぐったそうに俯いた。
見下ろす東方の目にも優しさとかが溢れてて。
「ああそうか」と納得した。
東方が数歩後ろを歩くのは千石の全てを見守るため。
束縛なんて存在しない。
自分の意志で自由に何処でも歩けるように。
でも、何かがあれば、すぐに対処できるように。
そんな東方を嬉しそうに振り返る千石の綺麗な笑顔に、別の顔を思い出す。
千石と東方の30センチの距離に、思い浮かべたのは言うまでもなく隣を歩く亜久津の顔だった。