20TITLE * 4

少年文書きさんへの20のお題」からお借りしました。





13 * 保健室

目が覚めて視界いっぱいに見えた白い天井に開いたはずの目をまた見開いた。
そのまま視線を動かして、自分が今いる場所を特定した。
「あ。気づいたか」
俺を覗きこんで来たのは南。
「うん・・・って、なんで俺」
身体を起こそうとすると南が手伝ってくれた。
鼻に届いた消毒液の匂いに眉を寄せると南が手近にあったパイプ椅子を持ってきてベッド脇に座った。
「階段から落ちそうになった子助けようとして、おまえが落ちたんだよ」
「あ。ああーでしたでした」
移動教室のため階段を下りてたら女の子の集団と出くわして。きゃわきゃわ騒いでたのを見て危なさそうだなーとか思ったんだ。で、案の定ふざけてたせいかよろけた子がいて。
危ない、と思った時にはもう手が出てた。
掴んだ腕を引っ張りあげて後ろにいた東方へと託したんだ。
「・・・・・・て、東方は?」
ふと気づく。
こんな時に俺のそばにいないなんて、ありえない。
自信というか確信。
立場を置き換えれば、絶対にそばを離れることなんてない。そう言い切れる。それは東方も同じだから。
南を見るとどこか困ったように「あー」とか言いながら、がしがしと頭を掻いてて。
「何?」
「いや、それがさ」
じっと見詰めると居心地悪そうにパイプ椅子の上でもぞもぞしたりして。挙動不審、その言葉そのままな南。
その時ふと頭をよぎったある思い付きを口に出した。
「まさか東方、巻き込まれて怪我したとか!?で、どっか病院に運ばれたとか言わないよね!?」
「はぁっ!?違う違う、んなことじゃないって!」
俺の剣幕に驚いた南が慌てて首を振る。
ほうっと息をついた俺を見て、南が苦笑した。
「東方、あの女の子達んとこ行ってんだ」
「へ?なんで?」
「説教しに」
「・・・・・・はぁっ!?」
胸を張るように言われて俺は素っ頓狂な声を出した。
「なんで?なんで、そういう事になってんの?」
慌てふためいて南へと訊ねれば、可笑しそうに顔を歪めた南がくつくつと笑ってパイプ椅子に座りなおした。
「騒ぐのは自由だけどさ迷惑かけるようなとこでそういう事すんの、言われなきゃわかんないかって」
「・・・・・・いや、それは」
「うん、東方も柄じゃないとは言ってたけどな。でももし、そん時おまえが助けてなきゃその子達大怪我してたかもしれないし、もしかしたら下にいた別のヤツ等巻き込んでたかもしれない」
「・・・・・・うん」
「先生たちも出る幕なしって感じでさ」
女の子たち泣き出して、逆に先生たち東方宥めてたんだぞ?そう言うと南がじっと俺を見た。
「・・・・・・東方、自分に腹が立ってたんだと思う」
「え」
「おまえが助けた女の子掴まえたまでは良かったんだけど、落ちたおまえを掴まえられなかったって」
南がくすくす笑う。
「無事だった女の子たち放り出して、気を失ったおまえ抱き上げて保健室まで走ったんだ」
「・・・・・・」
「動かしちゃいけない、とかそういうの頭から消えてたって。あの東方が我を忘れたんだと・・・すげー顔色悪かった」
「・・・・・・南。東方、は・・・?」
「あいつ、ホントにおまえの事になるとヒト違うよな」
「南!」
「・・・・・・そこにいるよ」
そこ、と言われて見た先は間仕切りのカーテンが揺れてた。
手を伸ばしてカーテンを引っ張ると見慣れた大きな手が見えた。
「・・・・・・東方?」
「気分は」
「うん、大丈夫」
こんなに顔色なくしてる東方を見たのは初めてだった。どこかぼんやりとした雰囲気なのに目だけが鋭くて、泣きそうな色をしてた。
「大丈夫だよ?」
もう一度そう言って、東方の大きな手に自分の手を重ねた。長い指に自分のものを絡めて気づく。東方は震えてた。
崩れるように俺を抱き締めてきた東方の背中に腕を回す。
「俺、行くわ」
こっそりと囁いた南が立ち上がる。
一歩行きかけて「あ、そうだ」と振り返った。
「おまえ愛されてんじゃん」
「?ええ?」
改めて言われるまでもなく、それは知ってるつもりなんだけど。怪訝な俺の表情に南が東方の背中を叩いた。
「お姫様抱っこで校内、走ったくらいだからな!」
「・・・・・・え」
固まった俺に、にやりと笑いかけて南は保健室から出て行った。
残された俺と東方の間には微妙な空気。
抱き締められたまま、東方を窺う。
「・・・・・・お姫様抱っこ、してくれたの?」
「・・・・・・テンパってたんだ」
ぼそりと潰れたような掠れた声で答えてくれた東方がいつもの状態に戻ってるのに、ほっとした。
さっきのあれは南なりに気を使ってくれたのか。
抱き締めあったままの恰好で東方と2人、肩を震わせる。
くすくすと笑い声だけが保健室に響いた。





14 * 数学

私立山吹中学テニス部顧問の伴田先生(通称、伴爺)はへらへらと笑う顔に見合った、実にイイ性格の持ち主だ。
担当教科は数学。
中学生にはあまりオトモダチしたくない科目のひとつ、その数学をあの伴爺が受け持ってくれている。
「はい、じゃあ次の問1は南クン」
「・・・・・・はーい」
できるだけ目を合わせないようにしてたのにもかかわらず名前を呼ばれてしまった俺は渋々返事をした。
とりあえず数学だけは予習をかかした事がないので、いきなり当てられても困る事はないのだが。
というか、当てられてしまうから予習を欠かせないといった方が正しいのか。
只、それ以上に悩まされる事がひとつ。
ノートを持つとへらりと笑って黒板の前に立つ伴爺の元へと進む。
「問2は小森くん、問3は仲島さん、問4は――」
次々と名前を呼ばれたクラスメイトたちが同じようにノート片手に前へと出てくる。
黒板の端っこに立って、問題を書き移し解いていく生徒たちを見やる伴爺の顔は見ようによっては好々爺っぽいが。
「ところで南クン?」
「・・・・・・なんでしょう」
黒板ではカツカツとチョークの動く音。背中越しに聞こえる、がやがやとクラスメイトたちの話す声。
決して静かではない教室の中、伴爺の俺を呼ぶ声に視線を向けた。
目が合うとへらりと笑われ。
嫌な予感に黒板に視線を戻す。
「亜久津君は元気ですか?」
「・・・・・・元気ですよ」
「そうですか。避けれてるように中々顔を見ないのでどうしてるのか気になってたところです」
「・・・・・・あー・・・そう、ですか?」
聞き様によっては先生の鑑っぽい台詞なんだけどなぁ。
へらりと笑う腹黒さを知ってる身としては素直に頷けない。
数学の時間には絶対に屋上から下りて来ない亜久津の顔を思い浮かべて舌打ちした。亜久津がいれば俺が無駄に当てられることも少ないだろうと思うと正直ムカツくのも本当だ。
後は答えを書いて終わりというところまで来た時。
「ところで南クン」
さっきと同じ台詞。
気を抜いていた俺はその時、ふふ、と小さく笑った伴爺の顔に気づかなかった。
「亜久津君と仲が良いのは嬉しい事なんですが」
「へ?」
「キミはまだ身体が出来上がってないので、くれぐれも腰には気をつけてくださいね」
キミには期待してるんですから。
目が合って珍しくにこりと笑った伴爺のその笑顔に、答えを書きかけていた俺は握っていた真新しいチョークを根元からぼっきり折った。
あわあわと言葉にならない俺を見た伴爺がいつもの顔でへらりと笑った。
「ときに南クン、3段目プラスとマイナス間違ってますよ」





15 * 放課後

1年の時からテニスに打ち込んでいた(時にサボることも割合にあったけれど)から授業が終わった後の校舎になんて用事がなかった。
中高一貫のおかげで実力テストはあるものの高校受験がない俺たち3年生はのんびりとしたもんだ。
それでも用事のない生徒が残っているというのも稀な話で、終礼のチャイムが鳴って20分も経てば教室には誰もいなくなる。
「ごめん、東方」
お待たせーと教室に入ってきたのは今日、日直当番になっていた千石。
日誌を職員室に届けるのを待っていた俺は自分のと千石のバッグを掴むと入り口にいる千石のところへと行く。
「なーんか静かだよねぇ」
2人並んで昇降口へ向かってる途中で並ぶ教室を見やって、千石が口を開いた。
自分が感じていたのと同じで頷く。
「誰もいなきゃ静かなのは当たり前なんだけどさ」
「うん?」
「季節のせいなのかなー寂しい感じだよねぇ」
「日はまだ高いのにな」
千石の足が止まって、俺も止まる。
机と椅子が並ぶ、がらんとした教室と窓の開いたひと気のない廊下。
普段は気づかない歩くたびにコツコツと響く足音。
「不思議だよね。いつもはこんな事、気にもしないのに」
廊下の真ん中でくるりと回った千石の腕を掴まえた。きょとんと俺を見たその腰に自分の腕を回すと引き寄せた。
簡単に腕の中に収まった千石を見下ろす。
「千石」
「ん、何?」
「キスしようか」
いつもは言わない俺の台詞に千石の頬に朱が上った。
くすくす笑う俺を千石が軽く睨みつけて、腕を俺の首に回してきた。くいっと引っ張られて互いの顔が近づく。
「キスしようよ?」
長く伸びた影が重なって、ひとつになった。





16 * 春 『 桜心中 』

桜の木の下で弁当を食べようという話になった。
4時間目をサボると校庭を抜けて、山吹が誇る桜林に入るとそこは花びらが舞う、まさに桜色の世界。
2人が座れる程度のレジャーシートを敷いて、いつもよりちょっとだけ豪勢な弁当と熱い緑茶の入った水筒とを並べる。
靴を脱いでシートの上に上がると東方は伸びをした。
190センチ近い東方を伸びをすればシートからはみ出るのは尤もで。同じように靴を脱ごうとしていた千石が笑う。
「やっぱこうやって見ると東方ってデッカいよねー」
「そう言われてもな、俺は鏡見たって自分しか映ってないんだ。デッカいって言われたってわかんねーよ」
「あーそれもそう、かな?俺なんかはいっつも東方といるから、ずっとそう感じてるのが当たり前なんだけど」
靴を脱ぎ終わると千石が東方の横に腰を下ろした。
寝転がった東方の全身には、もう数えるのがギリギリな程の数の桜の花びらが積もり始めている。
一枚二枚と摘み上げていた千石が笑いながら東方の胸の上に頬を寄せた。温かな東方の体温と積もった花びらの冷たさが頬に感じる。
「このまま寝転がっていたら花びらで埋まるねぇ」
「下から見ると降ってくる桜も凄いぞ」
片手を伸ばした東方が指の先を掠める花びらを掴もうとするが、磁石が反発するようにするりと逃げていく。
東方の胸の上から同じように見上げた千石も倣って腕を伸ばした。
「・・・・・・っ、よっと」
簡単に捕まえた千石がほら、と差し出すと東方が苦笑した。
動体視力の賜物だろうが無駄に使った気がしないでもない。
けれど千石が得意げな顔でほらほらと見てよと言わんばかりに差し出すのを見たら、そう言うのも野暮だと思ったのだ。
同じように桜の花びらが積もり始めたオレンジ色の頭を撫でてやると、くすぐったそうに笑う振動が胸元から伝わった。
と。
ふいに胸元から重さが消えた。
降ってくる桜に視線を向けていた東方は首を起こすと、すぐ近くにあった千石の顔に驚いた。
「千石?」
「ねぇご褒美は?」
「は?」
にっこりと。
自分にしか見せない極上の笑顔を向けられ、東方は千石の後頭部へと手を伸ばしたのだが。
掴むより先に千石の顔が傾いで軽くキスされた。
「・・・・・・『ご褒美』が欲しかったんじゃないのか?」
「うん、じゃあ今の分もポイントにプラスしててよ」
返事の代わりに、もう一度にこりと笑顔をみせた千石の口唇を塞いだ。

「うわーこいつら、よくこの状況で寝れるよな!」
「・・・・・・ある意味似たモン同士だからな」
昼休み、言われて出てきた亜久津と南が指定された桜の木の下まで来ると。
互いを向いて横になった東方と千石は降り積もった桜の花びらの下、手を繋いで幸せそうに眠っていた。