20TITLE * 3

少年文書きさんへの20のお題」からお借りしました。





09 * 先生

「・・・・・・わかんね」
言いたくなかったが、しょうがない。
ぼそりと呟いた俺にテーブルの向こうで亜久津が大きな溜め息をついた。
ちらりとこっちを見た後、持っていたシャーペンをコツコツと打ち付けていたテーブルに視線を落とす。
その「呆れ果てました」と言ってるような亜久津の行動に思わず俯いた。
視界にあるのはテーブルを所狭しと埋めているノートとプリント類。俺の書いた数式の上には亜久津が書いた×マークがあちらこちらに点在してる。
鮮やかな赤ペンが目にも頭にも、心にも痛い。
不良のくせに綺麗な字しやがって。
大して上手くもない俺の字が一気に下手くそに見えて余計に気分が沈む。
つか字もそうだけど、なんで明らかに授業に出てないコイツのが成績が良いっていうのは納得がいかない。
教えてほしいと言ったのは俺。
けど、わかんないという事とその他の諸々な事が口惜しく感じてしまって。
亜久津の目が見れない。
なぁ今、おまえは何を考えてる?
なんかもう滅茶苦茶だ。
教えてほしいと言った俺に考える間もなく亜久津が頷いてくれた時はものすごく嬉しかった、のに。
「・・・南」
名前を呼ばれて、顔を上げたその時。
ふっと感じた温かさ。
「わかんねーなら、わかるまで教えてやる」
そんな顔すんな。そう言った亜久津は小さく苦笑して俺を見た。
知らないうちに口唇を噛んでいたらしい。煙草の匂いのする亜久津の指が俺の口唇を撫でていった。
そして気づく。
いつも吸ってる筈の煙草は帰って来た時にリビングのローテーブルに放り出されたまま。「授業」を始めてかなりの時間が経っている筈なのに亜久津は一度もそっちさえも見なかった。
「・・・悪ぃ」
「・・・俺のせいもあるだろーからな」
「?」
気分が沈んでいたのが、ただ単に拗ねていただけに思えて恥ずかしくなった。
でも素直にごめんというのもなんだか恥ずかしくて。
目を合わせずに呟いた俺に亜久津の言葉が重なる。
「え?」
「ここらへんの、サボった時のだろ」
亜久津が視線をやったのはノート。つられるようにノートに目をやった俺は少し考えて「ああ」と納得する。
いつだったか亜久津の機嫌がずっと悪い時があって、放っておけなかった俺は「いい」と言われたにもかかわらず亜久津のそばを離れなかったことがあった。
今わからなくてどうしようと思っていたとこはちょうどその時の授業内容だった。
亜久津なりに気を使ってくれたらしくて、それが嬉しくて。
「・・・・・・きっちり教えてくれよ、『先生』」
なんだか泣きたくなった俺はずずっと鼻をすすって、それを誤魔化すように亜久津に赤ペンを投げつけた。
「・・・・・・あぁ」
ぶっきらぼうに、でもきちんと返事をしてくれた亜久津の表情がどことなくほっとして見えて、お互い様だったのかと可笑しくなった。
人に教え慣れてないだろう亜久津の貴重な「授業」だ。
心して聞くとしよう。





10 * 一緒に帰ろう

終礼を告げるチャイムが鳴って、すぐ。
「南帰ろう!」
枠に打ち付けられた開き戸の勢いがつき過ぎて跳ね返った、ピシャン、という大きな音とともに怒鳴りこんで来たのは隣のクラスの千石。
突然のことに俺は勿論、クラスの連中も吃驚して騒動の張本人を見た。
「もう終わりでしょ。帰るよ」
「そりゃ終わりだし、帰るけど・・・・・・おまえ、東方は?」
いつもは後にくっついて来るはずの東方の姿が見えなくて。
でもその台詞を口にした瞬間、すぅっと変わった千石の表情に思わず口を噤む。
「・・・・・・いいんだよ、今日は南と帰る」
俯き加減にぽそりと呟かれて、かける言葉も見つからない。
ケンカでもしたのか?それすらも言えない。
いつもは明るい、お日様の下の向日葵みたいな千石が曇った表情をする時は必ず東方絡みで。
絶対にそばを離れようとしない千石が俺のトコに一人で来たということはよっぽどの事なんだと思う。
今日は亜久津と帰るつもりだったんだけどなーなんて言う雰囲気でもなくて。
「・・・んじゃ帰るか?」
バッグを肩にかけながら言うと千石が少しだけ顔を上げた。
目が合って、ふにゃっと笑った千石のその顔が泣笑いにも見えて、ついオレンジ頭をくしゃっと掻き回した。
いつもは明るい、お日様の下の向日葵みたいな笑顔の千石。
たとえ、その顔が東方にしか向けられていないモノだとしても、それが千石の望む千石だと思うから。
こうやって2人だけで帰るのも前はいつだったか覚えてないくらい久しぶりのことで、それはそれで楽しくなった。
おまえの親友だと言われてるようで嬉しくなったのもあるかもしれない。
昇降口で屋上から下りてきた亜久津を見つけた。
千石の表情と俺の「ごめん」と謝る仕草に無言で立ち去ってくれたけど、後が怖そうだなーとか考えてたら俺たちの教室があるほうから走ってくる東方の姿を視界の隅に見つけた。
自分に気づかない、見ようとしない千石に苛立った顔をした東方と目が合った。
『大丈夫だから』
口パクでそう言うと東方の表情が少しだけ歪んだ。
何が原因かは知らないけどさ、動じないおまえがそんだけ慌ててるんだ。少しは悩め!と東方に見せつけるように千石の腕を取った。
背中に殺気みたいなものを感じ取って、思わず苦笑する。
ようやくその時になって気づいたらしい千石が振り返った。東方を見つけると驚いた顔をして、一瞬逡巡した後大きく手を振った。
「東方ーまた明日ね!」
明るさの戻った千石に肩を竦めて行くように促すと千石は頷いて俺の横に並んだ。
東方の表情が益々歪む。
ったく、そんなに大事なら泣かすなよな。
これじゃ親友じゃなくて父親だよ。
そんなボヤキを内心に押し込めつつ、俺も東方に手を振った。





11 * 忘れ物

学校の帰り、東方の部屋に寄った時のこと。
なにか違和感を感じて見回した。きょろきょろした俺に東方が怪訝そうな視線を向けてきた。
「どうした?」
「うん?やーなんかさ・・・」
もう一度見回して、ある一点で目を止めた。
壁一面を占めるほどの大きなオープンシェルフの下から二段目、DVDデッキの横の黒いTシャツ。
プレスされ綺麗にたたまれたそれはちょこんとそこに置いてあった。
俺の視線を追って、Tシャツに行き着いた東方が「ああ」と口を開く。
「それ、南のだったんだ。こないだ間違えて持って帰って来たらしくてな」
東方の説明を聞いて納得はするものの、面白くない。
憮然とした顔の俺に気づいて東方が手にしていたCDから顔を上げた。
「どうした?」
問いには答えず、シェルフに近寄るとTシャツに手を伸ばす。
洗濯された後のお日様の匂い。
「いくらTシャツでも東方の部屋に誰かの物があるのって、なんか嬉しくない」
「・・・・・・南だぞ?」
「・・・・・・南、でもだよ」
部屋の主が、東方がいない時にもあったんでしょ?
プライベートに入り込んだ、その存在が嬉しいはずがない。
南は大事な親友で戦友でもあるけれど。
自分でもなんて心の狭い人間だと、独占欲の強い人間だと思うけれど。
「・・・・・・・・・・・・」
黙りこんだ俺に東方が苦笑を向けた。
「・・・だな。おまえの部屋に亜久津のものがあれば、やっぱり俺もいい気はしないかもな」
少し考えてから東方が言ってくれた言葉は嬉しかったけれど、それが気を使わせてしまった結果だと判ってるから余計に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「・・・・・・こんな俺でゴメンね?」
抱き締めてくれた東方の腕の中、南のTシャツにも「ごめん」とこっそり謝った。





12 * 少年

昼休み、屋上へと上がるといつもはいる亜久津の姿が見えない。
後から上がってきた千石と東方に声をかけて、地上へ下りた。
特別なんか用事があったという訳でもないし、いないからといって昼メシが食えない訳でもない。
でも耳障りの音をたてて錆びた鉄の扉を開いて屋上へと出た時、亜久津の姿が見えなくて何かしら変な感じがしたのも本当で。
そこらへんを突っ込まれたくなくて背中にかけられた千石の声を無視して階段を下りたんだった。
出てくる時はいなかった自分の教室を覗いてみたがやっぱりいる筈もなく。
とりあえず三年の教室が並ぶ校舎内を歩く。
目当ての姿は見当たらなくて、特別教室がある二年の校舎へと移動したがそこにも姿はない。
時折すれ違う部の後輩や委員会なんかで顔見知りのヤツ等に訊いてみたけれど望んでいた答えは返ってこなかった。
そのままうろうろと当てもなく一年の校舎へと向かう。
購買や自販機が並ぶ一角があるから、もしかしたらと思ったのだ。
「・・・・・・あ」
耳に届いた声に視線を向けた。
自販機が並ぶそこにいたのは亜久津、それと今はもう立派なテニス部員である太一の2人。
「亜久津!」そう呼ぼうとした俺は思わず口をつぐんだ。
身長差のため見下ろす亜久津と、何事かを一生懸命に話している太一はにこにことしながら亜久津を見上げてて。
ふつうに見たら仲の良い先輩と後輩、それだけなんだろうけれど。
「・・・・・・・・・・・・」
ぶっきらぼうな態度はそのままだけど、ふだんは見せない優しい目で見下ろす亜久津の表情に苦笑をこぼす。
亜久津の目には太一は小動物と変わらないんだろうか。
いつか見かけた捨て猫を見やった亜久津の目を思い出した。
夏が終わって部を引退した俺たちとは顔を合わすことも少なくなったから久しぶりに出会いに太一も浮かれてるんだろうと、身振り手振りを交えて話す太一を見た俺は次の瞬間ひくりと咽喉を鳴らした。
気づかないで欲しいと思った。
亜久津を見上げる太一の目は尊敬する先輩を見てるモノとは多少違うような気がした。
自分では気づいていないだろう、ある種の好意を含む瞳。
俺が望んでいい事ではないかもしれない。
けれど、気づいたそれは俺をうろたえさせるのには充分な出来事。
ショックを受けた事さえもショックで。呆然としたまま亜久津と話す太一を見詰めてた。
「・・・南?」
そんな俺にきづいたのは亜久津だった。
寄りかかっていた自販機から身体を起こすと手にしていたペットボトルを投げて寄越した。それはいつも俺が好んで飲むもの。
綺麗な放物線を描いて俺の手の中に収まったペットボトルを追うように太一の視線が俺へと向いた。
そして俺の姿を見つけた瞬間。
それまでにこやかだった太一の瞳が凍ったように固まった。
その瞳を見て、ああと俺も太一を見た。
太一、おまえはもう気づいてたんだな。
気づかないで欲しいと思った願いは成就される事なんてなかった。
亜久津を見る嬉しそうな瞳と俺を見た時の驚いた顔。そして俺を見る亜久津の表情にみせた哀しそうな瞳。
それらが導き出す答えは多分間違ってない。
そうだった、年のわりに物事をきっちりと見れたもんな。自分の方向性を決めたのもそれを覆す事も決めたのはおまえだもんな。
見た目から想像できないが聡いヤツだと知ってたのに。
「屋上行くんだろ」
俺にそう声をかけた亜久津が太一の頭をゆっくりと撫で、俺のほうへと歩いてきた。
手が離れて寂しそうな目をしたのは太一。
俺は声もなく、そんな太一と自分へ近寄ってくる亜久津を眺めてることしか出来ない。
俺の前まで来た亜久津は俺の腕を取ると振り返りもせず屋上へ上る階段を目指して歩き出した。
「南部長!」
引き摺られるように亜久津の後を追おうとしてた俺を呼んだのは太一。
首だけ振り返ると今にも泣きそうな、けれど小さく笑った太一が俺を見てた。
「・・・・・・また、また部のほうにも顔出してくださいっ」
ぶんぶんといつもみたく手を振った太一に笑顔を返した。
ぎこちなかったであろう俺のそんな笑顔に今度は満面の笑みで見送ってくれた。
「・・・・・・もう振り返んな」
階段を一歩上がろうとした時、ぼそりと亜久津が呟いた。
はっとして見れば亜久津は前しか見てなかった。
「・・・・・・そだな」
ちいさく答えた俺はうんと頷いた。
亜久津も自分に向けられた気持ちに気づいてたんだ。
太一がその気持ちを飲み込もうとしてるのも。
そして今、自販機に隠れるようにして泣いてるのも。
無言で上がった屋上の扉が開いて見えた青空に俺が少しだけ涙を浮かべたのも。