20TITLE * 2

少年文書きさんへの20のお題」からお借りしました。





05 * 友達

「おい」
渡り廊下をぶらぶらと歩いていた時のことだった。
去年、効果ばっちりだったテスト対策用の数学のノートを喜多から貸してくれと頼まれて二年の教室がある校舎へ向かっているところで。
昼休みのことだから、騒々しさは半端じゃない。
あちらこちらから聞こえてくるのは話し声だったり大騒ぎしてる嬌声や怒声、笑い声なんかも入り乱れている訳で。
誰かを呼ぶ声なんてのも普通に聞こえてた訳だ。
「おい」
おーこの声、誰かの声に似てんだよなー。
どこかで聞いた声なんだけどなー誰だっけ、なんて答えを出す気もなく考えながら持っていたノートをぺらぺらと見るでもなく捲ったりして。
後から考えて、この時点で物が飛んでこなかったのは奇跡じゃなかろうか。
「おい――」
「あれー?」
「おー今から、おまえんとこ行くつもりだったんだ」
渡り廊下の先にいたのは喜多。
ちょうど良かったと思いながらノートを差し出した。受け取り、先ほどの俺同様ぺらぺらとノートを捲った喜多が「助かりましたー」なんて言ってたりして。
「それ、もういらねーからやるよ」
「マジっすか。今度なんかお礼し――」
「おいっ!」
突然割り込んだ怒声に喜多と2人、顔を見合す。
なんだ?
「おいっつってんだろーがっ!」
渡り廊下の下方から聞こえてきた声は。
もう一度、喜多を見るとぽかんとした顔で俺を見てる。
「やっぱ・・・だよな?」
こくりと頷かれて、ふぅむと一呼吸置く。
さてどうしたもんかな、なんてのんびり構えていた俺の耳に飛び込んできたのは。
「おいっつってんだろーがっ。新渡米!」
一瞬、喜多と見詰め合って。
2人してガバッと渡り廊下の淵に手をかけ、下を覗いた。
「・・・亜久津」
そう、そこにいたのはあの伴爺率いるウチのテニス部でも扱い損ねた困ったちゃんの亜久津で。
「なんか用?」
「南、見なかったか?」
「いや今日は会ってない」
「・・・喜多、てめーは」
「え。あー南サンなら伴爺に呼ばれて職員室に行ったはず」
答えを聞くと礼も言わず、踵を返した亜久津。その背中を見送っていて、ふと静まり返っていた周りの状態に気づいた。
あれだけ騒がしかった場所がしんとしていて不思議に思い、振り返ると途端に逸らされる視線。
その行動が何を示すのか、深く考えなくてもわかるけれど。
「礼くらい言ってけっつーの」
気にしてもしょうがないかと小さくなった亜久津の背中に呟いたら、横にいた喜多が吹き出した。
「あ。なんだ?」
「いやー亜久津って俺たちの名前、知ってたんだと思って」
「・・・なぁ?」
俺も気づいたら、くくっと笑ってた。
亜久津がまだテニス部にいた頃、俺と喜多は「芽」と「うずまき」そう呼ばれたことがあって。
まぁそれすらも数えるほどでしかなかったから、まさか名前を知っていて、それ以上にまだ覚えていたのかというのが正直驚きだった。
このやり取りで、ふつうにつるんでる南や千石や東方、あいつ等みたいに俺たちも亜久津の「オトモダチ」と思われたのかもしれなかったが。
喜多と目があって「それでも構わないか」なんて思って、また2人して笑い転げた、ある昼休みの出来事。





06 * 制服

「んじゃ俺、帰るわ」
時計を見ればもう8時過ぎ。
今から帰ればギリギリだけれど晩メシにありつける。
足を通した制服のズボンを引っ張りあげてベルトを締める。
んーなんか、部活してないせいか筋肉が落ちてきたような気がするんだよな。ストテニだけじゃく筋トレも少し増やそうかな。
そんなことを考えていたら。
「・・・・・・帰る?」
ぼそりと呟かれて声のほうに視線を向けた。
口調が「そんなこと聞いてねーぞ」というものだったから。
「帰るよ。明日もガッコあるんだぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
全く面白くないといった表情で黙りこんだその額にキスを落とす。
「・・・・・・サボれとか言わなくなったな」
「行って聞く、てめーじゃねぇだろ」
「そのとおり」
だてに付き合いが長くなった訳じゃないじゃん。笑ってそう言ったら、噛み付くようにキスされた。
「明日ガッコ来いよ?」
離れ際、囁くように訊いたが肩を竦められただけだった。
うん、やっぱおまえも類友なのかね?
「じゃあ」
椅子の背にかけておいた山吹の白ランを手にとった。
羽織った拍子にふわりと鼻を突いたのは嗅ぎ慣れた煙草の匂い。部屋にも充満してるのに制服から漂う匂いはある種の麻薬みたいで。
ふらりとベッドまで戻ると自分から口唇を寄せた。
これが最後という風に互いの口唇を貪りあう。
ベッドについていたはずの腕が腰に回ってきたことに気づいて、慌てて顔を離す。
ここでベッドに引きずり込まれたら今夜は泊まり決定だ。
「・・・・・・んだよ、もうお終いか?」
ぺろりと濡れた唇を舐めて、舌打ちしながら訊いてきた。
「・・・・・・あぁ」
肩を竦めて見せると今度は派手に舌打ちしやがった。
苦笑しながらドアへと足を進める。これ以上そばにいたら、ホントにヤバい。
ドアノブに手をかけたところで、ぎしりとベッドの軋む音。
「・・・・・・送ってく」
「いいよ」
「送ってく」
やっぱ駄目か。振り返ると手近なシャツに手を伸ばすのが見えた。
そのすんなりと伸びた腕が眩しい。
さっさと服を身に付けていくのを見詰めながらドアに寄りかかる。
このドアを一歩出れば、俺たちの関係は「友人」。それはいつものことなんだけど、それが寂しく感じられるのもいつものこと。
薄暗がりの部屋の中、すっと顔に陰がかかって俺は目を閉じた。
漂ってきたのはやっぱり煙草の匂い。思わず頬が緩んだ。それに気づいたのかキスの合間に「んだよ?」と訊かれて。
くすくす笑う俺につられるように薄く笑った。
「それ着て帰んのか」
「ああ。着て帰る」
俺が誰の白ランを着ているのか、ようやく気づいたらしい。
送ってくれる時、めずらしく手を繋ごうとする亜久津が無性に可愛く見えてしまって、思わずキスを仕掛けたのは俺たちだけのヒミツだ。





07 * 昨日の話

「そういやさー伴爺って、青学の竜崎先生だっけ?あのヒトと何かあんのかなー?」
いつものごとく、屋上でのランチタイム。
放課後に出かけようという話になって、目的地までの電車代をポーカーで勝負することになった。自分のトランプを眺めながら口を開いた千石が言い出したのがそれだった。
「ああ、なんでだよ」
俺は二枚交換。そう呟いた南が見もせずに千石に問い掛ける。
「昨日、帰りに見たんだよね。ほら前に・・・いつだっけ、北口を出たトコに渋い和系のカフェ出来てたじゃん。あそこで」
俺は一枚交換ね。千石がトランプを一枚放り出す。
「あーあそこか・・・って別に監督同士、積もる話でもあったんじゃね?」
「えぇ?額っくつけんばかりで話することなんてあるのかなぁ?」
黙って三枚交換したのは亜久津。
ちっと小さく舌打ちしたのが聞こえてきた。
「昔から知ってる風だしさー」
「伴爺ももう年だかんな。知り合いだって多いだろ」
「南はどうしても、そういう目で見たくない訳ね」
「あたり。興味ないって言うより怖いだろ、それ」
「え。そう?ロマンチックじゃない?」
「・・・じゃない」
「そうかなー。て、東方はどう思う?」
揃えたカードを見て、にやりと笑った千石が俺を見た。
どうやら中々いいのが来たらしいな。
それは残念。
「伴爺に直接訊いてみたらどうだ?」
視線を向けると、千石は大きなため息を吐いた。
「?」
「東方もわかってないなー。真実はどうであれ色々と探ってみたいじゃん。そういうお年頃なの!」
えっへんと胸を張った千石に南が「・・・タチ悪ぃ」と呟くがそんなこと気にしないのが千石が千石たる所以だろう。
我関せずを貫き通した亜久津は煙を吐き出すと持ち札をばら撒いた。
「フラッシュ」
亜久津のその声にわーわー騒いでいた千石と南がはたと動きを止めた。
「げ。マジかよ・・・俺ツーペア」
「わっははは。もしかして俺の勝ち?俺はねーフルハウス!」
どうだと出されたカードは確かにフルハウス。
それを見て南が溜め息をついた。「このラッキー野郎が」とかブツブツぼやいているが勝負事に勝敗があるのは仕方のないことだ。
そんな南の横で亜久津も驚いたように片眉をあげてみせた。
おまえも変なトコで器用だよな。
「あれ、東方は?一枚も交換なし?」
自分の勝ちを信じて疑ってない千石が思い出したようにこっちを見た。
「悪いな千石」
「へ?」
ぽかんとした千石に小さく笑ってみせた。
「交換なしだ。ロイヤルストレートフラッシュ」





08 * 音楽室

昭和初期設立という山吹にも「学園七不思議」なるものがあるらしい。
けれど誰一人としてその正確なところは知らないというのだ。
「・・・それってホントに七不思議なの?」
「正確なところがわからないって話としてもどうなんだ?」
「ねぇ?正確じゃないんなら、その不思議が七個あるのかどうなのかもわからないってことでしょ」
昼休み時間にふと噂になってるんだと言い出した俺は千石と東方ふたりから突っ込みを受けることになってしまった。
「いや俺に言われてもなー」
ホントに七不思議なのかも怪しいとなったら笑い話でしかない。
「大体なんで今頃『学園七不思議』のことなんか」
東方に寄りかかった恰好で千石が怪訝な顔をして俺を見る。
「怪談モノって夏場が相場なんじゃないの。今の季節じゃちょっとなぁ」
「あーなんかさ三日前だったかな、音楽室に幽霊が出たんだと」
「幽霊?」
そう会話に混ざってきたのは亜久津。
あ。
おまえでもこういう話、興味あんの?
「それ出たの、いつの話だ」
「え」
「時間訊いてんだ。夜なのか昼なのか」
どこか面白がってるその表情にマジマジと亜久津を見る。
「昼間っていうか、6時間目終わったかそんくらいだっていう話――」
俺がそう言った途端、亜久津はげらげらと笑い出した。
訳がわかんなくて亜久津を見ていると「こっち来い」と手招きされた。渋々近寄ると腕の中に抱き込まれた。
「わ、ちょっと亜久津!?」
千石と東方は知ってて、まぁお互い様なんだけど。それはそれ。
暴れ出した俺の耳元に口を寄せた亜久津が面白そうに口を開いた。
「その『幽霊』とやらはすすり泣きでもしてたんじゃないのか?」
「え」
なんで知って?
「しかもポルターガイストよろしくガタガタ音させてたんだろ?」
「えぇ?」
実は亜久津、この話知ってたのか?なんてのんきに考えた俺は次の瞬間、亜久津の口から飛び出した台詞に唖然とするハメになった。
「楽しいじゃねーの、おまえら」
亜久津が見たのは、俺たちと同じような恰好で後ろから千石を抱き締めた東方とその胸に背中を預けて寄りかかった千石。
「幽霊騒動起こすほど、がっついてんじゃねーよ」
くつくつ笑いながらそう亜久津は言って。
俺は信じられない思いで千石と東方を見た。
東方はいつもと変わらず肩を竦めただけだったが。
「ごめんね?南」
えへへっと恥ずかしそうに笑った千石が頬を染めて俺を見た。
目が合って真っ赤になったのは俺のほうだった。