20TITLE * 1

少年文書きさんへの20のお題」からお借りしました。





01 * 朝

「うっしゃ。今日も綺麗な朝明けですネっと」
そんな爽やかさを吹き飛ばすようなビビビッと間抜けな音をたてて鳴り出した目覚ましを止める。
カーテンを開けた窓の向こうには、高台にあるせいでかすかな朝靄に沈んで見える見慣れた街並み。
まだまだ、新聞だとか牛乳だとかそういった配達の人たちしか動いていない時間。
ところどころにポツポツ浮かぶようにあるのは街灯のほのかな明かり。
一通りぐるりと見渡すと深呼吸して窓から離れた。
遅刻が多い俺はお寝坊さんだと思われている。
うんまぁ確かにね寝坊することもあるにはあるんだけど、それは一月に一度あるかないかくらいだったりする。
俺だって『山吹のエース』と呼ばれる男だ。
人並みはずれた動体視力だけでその地位にいる訳じゃない。
へらへらしてるから、そう見られることも多いがただ単に幸運だけじゃあ一番になんかなれっこない。
『テニスは楽しく』それが山吹のモットーだけどさ、「楽しい」ってのと「楽」とは一緒じゃないんだから。
汗を流したり涙を流すことも含めて「楽しい」んだって思えるくらいじゃなきゃつまらない。
だって俺は俺たちは勝つためにテニスをしているんだ。
だから勿論『山吹のエース』と呼ばれて、トップに立ち続けるために努力だって惜しまない。
でもさ性格的にひいこらひいこら言ってるとこを見られるのも嬉しくないんだよね。
なけなしの男の意地ってヤツ?
くだらないって思うこともあるけれど、誰もいない街の中を走る事だとかひと気のない公園でのトレーニングだとかさ結構気持ち良くって。
もう癖になっちゃってるって言うこともあって今更言いふらすのも馬鹿みたいじゃない。
俺って実はこんなに頑張ってるんだよーって申告するのも恰好悪いし。
努力するのって当たり前のことで、誰でもやってるし。
頑張ってるのは俺だけじゃないんだしね!
なんて、言い訳を毎朝繰り返しつつ玄関を出るんだけどさ。
さぁて。
じゃあ行きますか!





02 * 屋上

なんでも、あの悪名高き『亜久津仁』が山吹に入って来てからの屋上はあの人のテリトリーになっていて、馬鹿じゃない限り屋上には近づく人間はいなくなったらしい。
そりゃそうだ。
屋上の扉を開けただけで殴られるのなんかどう考えたって馬鹿げてる。
けど、二年三年と学年が上がるにつれて1人2人とその屋上に入れる人間が増えたとかどうとか実しやかに囁かれる話もあって。
同じ学校に在籍してても山吹の(くだらなくもそこそこの伝統だとか、そんな)歴史を塗り替えるくらいの悪名を持った『センパイ』と一生徒でしかない接点なんてある筈もない『コウハイ』じゃあ興味の欠片程度でしかないんだけど。
ただクラスの奴等との馬鹿みたいなゲームのペナルティで「屋上に行って来い」と言われて。
嫌だというと「怖いんだー?」とか言われるのが決まってて、それはそうかもしれないけど、それをすんなり認めるのは抵抗があった。
で、挑発にまんまと乗せられて屋上へと足を向けたという事の次第だったりする。
ドキドキするのを誤魔化して屋上へと出る扉へと近づいた。
階段の隅っこに見える埃が噂は本当なんですと言ってるように見えて、ドキドキが体からこぼれそうな感じだった。
緊張のせいで目の前も真っ暗で(よくよく考えたら日が差さないせいだった!)。
とにかく落ち着け、と自分に言い聞かせて大きく息を吸った時。
錆びた鉄の扉の向こうからよく通る話し声と共に聞こえたのは楽しそうな笑い声。
思わず鍵穴から覗いた俺の視線の先では―――。
「・・・キミ、何してんの?」
飛び上がった。
心臓も口から出るかと思った。
そんだけ驚いても悲鳴を出さなかったのは誉められる事だろう。
腰が抜けた状態で振り返るとそこにいたのはオレンジの髪の人とオールバックの髪の人。
人懐っこい笑顔のオレンジの髪の人は俺でも知ってるテニス部の有名な先輩だった。
そして、残ったもうひとりの先輩は言えば、我が山吹中等部の生徒会長その人で。
「何してたのかな?」
首を傾げるようにして不思議そうな口調でそう訊ねられて口篭もった。
その時またかすかに聞こえてきた話し声と笑い声。
振り返った千石先輩は数段下にいる(筈なのに目線は一緒だった)生徒会長と数瞬見つめあう。
肩を竦めたオールバックの生徒会長に頷くとこっちを見た。
「あのね、キミが何をしに来たのかは知らないけど」
ごくりと咽喉が鳴った。
だらだらと嫌な汗が出始める。そんな俺の様子に気づいたのか小さく苦笑した。
「色んな噂があるのは知ってるし、人には言えないような事だってやってるのは俺たちも知ってるからさ興味を持つなとは言わないよ?けどさ、亜久津にだってプライベートあるんだよね」
千石先輩は笑ってたけど目だけはマジだった。
こくりと頷いて見せる。
「キミが見た亜久津は紛れもなく本人なんだけど、それはキミに見せた顔じゃない。だから・・・」
「誰にも言いません」
千石先輩の言葉を遮ってそう言うと驚いた顔をされた。
「俺、誰にも言いませんから」
もう一度そう言うと千石先輩は腰が抜けたままの俺に手を差し出した。
掴まれと言ってくれてるらしい。素直にその手を握ると見た目からは想像できないような力強さで引っ張り上げられた。
力の入らない足し内心で舌打ちしながら身体を起こすと千石先輩と目があった。
「・・・・・・ありがとう」
ぽつりと呟かれた言葉が耳に届く。
「亜久津のことだ。こいつがホントの事言っても誰も信じない可能性のほうが高い気がするがな」
オールバックの生徒会長――確か、東方先輩だったか――が面倒そうに誰ともなしに呟いた。
「うん、そっちのがアリだとは俺も思うけどね」
立ち上がった俺より数センチ低い千石先輩があははと笑う。
「あっくんは友達だからねぇ俺なりに誠意を示そうかなーと」
「亜久津が全然喜ばないほうに千円」
「いや、それ賭けにならないじゃん」
俺だってわかってるけどさ、と千石先輩が楽しそうに笑うと東方先輩が苦笑した。
話してる2人の先輩の空気に「じゃあ俺は」と声をかけた。
一歩階段へ踏み出した時、ガチャンと音がした。
「おまえら何やって・・・?」
踏み外しそうになった俺を支えてくれたのは千石先輩だった。
なんだかもう麻痺してしまった感覚を他人事に感じながら肩越しに振り返ると扉を開けた人と目があった。
「ん、誰?」
「ああ、俺に伝言持って来てくれた後輩クン」
「ふぅん?」
小首を傾げたツンツン頭のその人の向こうに、あの『亜久津』の姿が見えた。
この人が『亜久津』が心を許してる人なんだと思うとなんだか不思議な感じがした。
だってこの人もテニス部の先輩で南サンという人だったと思うけど、目立つツンツン頭の容貌に反して目が優しい、普通の人にしか見えない。とてもあの『亜久津』とつるんでるようには見えない感じだったから。
「南」
硬い感じの低い声が南先輩を呼んだ。
振り返った南先輩が「千石と東方。なんか用事があった一年が来てたみたいだな」と言うと興味ありませんといった風にごろりと寝転がった『亜久津』の背中が見えた。
「あの、じゃあ俺」
帰りますと言うと千石先輩がにこりと笑ってくれた。
一歩一歩踏みしめるように階段を下りていくと東方先輩の隣へと着いた。
ぺこりと頭を下げると、少しだけ考えるようにして踵を返して見えなくなった南先輩が消えた扉の向こうに見える青空を見詰めていた東方先輩が横目で見下ろしてきた。
「さっきの事、守れよ」
「・・・・・・はい」
「って、こら!東方ー脅すような言い方してどうすんの!」
千石先輩が東方先輩に苦笑を向けると東方先輩は肩を竦めてから俺の背中をぽんぽんと二度軽く叩いた。
「なんだかんだ言って東方も南とあっくんのこと心配してんじゃん」
「ウルサイ」
もう一度ぺこりと頭を下げた俺は階段を下りていった。
俺も彼等のように大切に思える人たちが出来るのかなと思いながら。





03 * 階段

身長の差っていうのは自分では如何ともしがたいモノのひとつだ。
ふだん何気ない時にはそれが普通だから気にもしないんだけど。
でも俺だって男だしカワイイ女の子は好きだから、廊下なんかで隣の彼を見上げてるシチュエーションとかを見ると少しだけ、少しだけ羨ましかったりする。
「千石?」
屋上への階段を上がっている時だ。
足を止めた俺に先に上がりかけた東方が振り返った。一段上がろうと次の段に足をかけた状態で後ろを見てた俺は結構変かもしれない。
東方を見るとやっぱり不思議そうな顔をしてて。
「んー何でもないよ」
そう言って、もう一度だけ後ろを振り返った。
楽しそうに見上げて一生懸命に話す彼女とそんな彼女を笑って見下ろす彼。
「幸せだよねー」
「ああ?」
ふふっと笑って言えば東方の怪訝そうな声が降ってきた。
一段、階段を上がる。
東方をまだまだ見上げなきゃなんない。
コレがいつもの状態なんだよね。
もう二段、階段を上がる。目線が同じになった。
階段ひとつ分の身長の差って意外と考えさせられるねぇ。
けど近くで見えた東方の切れ長の目は真っ黒くて吸い込まれそうな感じ。
そして、もう一段。
さっきまでとは反対に見上げているのは東方。得意げな顔で見下ろしているのが俺。
上目遣いで小首を傾げて俺を見上げる東方の表情が年相応の顔に見えて、思わず「えへへ」と笑ってしまった。
「なんだ?」
「うん?や、大した事じゃないんだけどね。たまには東方に見上げられるのも気持ちいいなーって」
「・・・・・・ふぅん」
ふむ、と考え込んだ東方。
「何?」
伏せられていた目がゆっくりと俺を見上げる。
その動作に思わず、しかも思いっきりドキッとしてしまったのは内緒だ。
顔が赤くならなかったかなと内心でうろたえながら、東方を見下ろすと目が合った。
その瞬間、にやりと笑われた。
「・・・何?」
「おまえが見下ろす事だってのもしょっちゅうだろ?」
東方はくつくつと咽喉の奥で笑いながらそう言うと階段を上がってきた。
すぐに目線が並んで、また見下ろされる。
「・・・・・・?」
言われた内容に首を傾げた俺だったが、ぽふと頭に乗せられた大きな手が頬に滑ってきた時に「あ」と合点がいった。
ああ、そういう意味ね!
かぁっと今度こそ赤くなった俺を見下ろして東方が笑った。





04 * 眼鏡

その日は朝から雨が降ってた。
どしゃ降りなんかじゃなく、しとしとと風情がある感じだったんだけど。
その程度でも雨は雨。
朝練もなかったら放課後の部活動もなくなったわけで。
引退したにもかかわらず毎日、部に顔を出していた俺たちは暇を持て余していた。
日直になっていた俺が職員室に頼まれていたノートを集めて届けに行き、教室に戻ろうと廊下を歩いていると何やら騒がしい。
浮き足立ってるというか、ほんのりとピンク色の空気。
何事だと思いながら自分の教室を目指す。
と、教室の前方部分の入り口に張り付いている千石を見つけた。
千石も俺に気づいたようで目が合うとこっちこっちと手招きしてきた。大きな?マークをばら撒きつつ、千石のそばまで行くと隠れるようにアイコンタクトを送ってきた。
「・・・なんだ、この騒ぎ」
訳がわからずも廊下の異様な雰囲気に声をひそめてポソポソ問いかけると千石が張り付いていたドアから俺を振り返った。
「・・・・・・」
「・・・千石?」
「・・・あそこ」
うっすらと頬を染めた千石を少々気味悪く思いながら、指差された教室の中へと視線を向けた。
「・・・うっ」
思わず声がもれた。
成る程、そういう事ですか!
千石と同じように顔を赤くしているだろう自分の姿を思い浮かべて苦笑する。
そりゃ注目も集めるよ。
「・・・あれさーある意味、犯罪だよね」
千石が俺を見て同じように苦笑した。言葉は間違ってるが千石の言いたい事もわかって頷いてみせた。2人して乾いた笑い声を上げる。
だって、俺たちが覗いた教室の隅っこでは。
「つか2人とも真剣すぎだろ」
「あれ周りの目なんか全然眼中にないよね」
「・・・元々気にしないヤツ等だからなー」
「ああまぁね」
俺たちが身体を起こしてドアを開けても気づきゃしない。
俺の席に陣取った東方とめずらしく自分の席に座っている亜久津。2人して、これまた世にも珍しく雑誌なんぞに集中してたりして。
額をつき合わせるようにして何事かと言い合いながらペンを動かしている亜久津と東方が覗き込んでいるのはクロスワードパズル。
少し前に千石がはまってて。
けれど元々そういうことに適していない千石がテキパキと進められる訳もなくて東方に泣きついたのが始まりだった。
面倒くさそうに受け取った東方だったけれど、やりだしたら意外と面白かったらしく、たまたまあるクエスチョンの答えを知っていた亜久津を巻き込んで数日この状態だった。
昨日までは雨も降ってなかったから、いつものごとく屋上でやってた訳なんだけど今日は生憎の雨だったんで教室で始めたらしい。
うん、それは構わない。
ココは亜久津の教室でもあるのだし、隣のクラスの東方がいても可笑しくはない。
可笑しくはないんだけど。
亜久津と東方、2人の恰好が問題で。
亜久津はフレームなしの、東方は極細シルバーフレームの長細い眼鏡をかけていた。
長身でガタイもいい、大人びて見える寡黙がオトモダチな2人にその眼鏡は似合いすぎてて正面から見れない感じだった。
つまり一言でいえば「恰好良い」ということ。
ふだんからオトコマエな2人だが眼鏡というオプションのせいか、それが二割三割増しなのだ。注目を集めないはずがない。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
千石と目が合うと肩を竦められた。
揃って大きな溜め息をつく。
注目を集めている2人が2人だけにきゃあきゃあと声を上げて騒がれる訳じゃないが女の子たちの熱い視線をちらちらと集めてるのを見ると、その気持ちもわかるがなんだか面白くないというのも確実にあって。
(男共の羨望というか憧憬の眼差しなんかは、それはそれで可笑しくもあるが)
その時、ポンと千石に肩を叩かれた。
「ああいう恰好良さはさ、俺だけに見せてくれればイイんだけどね!」
どこか吹っ切れたような様子で千石がそう言い切った。
でも顔は笑っていて、俺もつられて、ぷっと吹き出した。
「だよな。こっちの気持ちも考えろってんだ」
「今度はさー俺たちがヤキモキさせてあげようよ」
千石と2人くすくす笑いあってると。
ようやく俺たちに気づいたあいつ等がこっちを見た。
正面から見据えられて、途端に千石と2人して吹きだしてお互いの背中を叩きあった。
「やっぱ恰好良すぎだっての!」
あはははは!とデッカイ声で笑い出した俺たちを見た、ぽかんとした亜久津と東方の顔が余計に笑いを助長させたのは言うまでもない。