SQUARE


なりたくもなかった委員会の仕事を終えて、30分遅れでテニスコートへと顔を出した。
あらかじめその事は伝えて貰っていたおかげでペナルティを課されることはなかったが、一人外周を走っているとそんな気分になってきた。
テニスコートが見えるところまで戻ってくるといつもとは違う雰囲気に足を止めた。
あ。
無意識に掴んだ金網ががしゃんと音をたてた。
色褪せた金網で四角に切り取られた景色の向こうには憧れてやまない、あの人の姿。
振り下ろされる腕のしなやかさ。
冷静に前だけを見詰める深い色をした瞳。
No.2と称される先輩と打ち合うのは並ぶものなんていない部長その人。
足が止まってるなんて知られたらペナルティを課せられるかも、そうは思ってもそこから動きたくなんかなかった。
ドキドキと心臓が早鐘を打つのが他人事みたいで。
金網を掴む指先に力が入る。
「・・・本当にアンタ、あの人のこと好きだよね」
それまで夢見心地で見詰めていた俺は突然かけられた声にびくっと横を見た。
そこにいたのはクソ生意気なルーキー。
目深に被った帽子のつばを押し上げて、俺を見上げてきた。大きな瞳には強い光。
「・・・越前」
部に入って来た最初にやり込められたおかげで、どうにもコイツが苦手だ。避ける俺なんか気にもしないでコイツは近寄ってくる。
けれど、そこには先輩を敬うとかそんな雰囲気は微塵もない。
ちょっかいをかけられる度にびくびくとしてしまう自分も情けないが条件反射みたくなってしまっている最近ではもう諦めていた。
それでもやや腰引けてんなーとは思いつつ「なんだよ」と目で窺う。
「アンタが見てる先であの人がどこを見てるのか、気にならないの?」
「・・・何の話だ」
かちりと視線があって、先程とは違う色をみせる瞳が俺をじっと見上げているのがわかった。
その瞳に何か訳のわからない動悸を感じて、内心少しだけ慌てた。
気付かなくて良さそうな事に気付きそうだ、とそう思った。
「・・・なんだ。知ってたんだ?」
「煩ぇよ」
「へぇ意外。見たくないモノは見えない人かと思った」
「・・・・・・・・・・・・」
気づくだろう?
自分が見詰めてる先であの人が誰を見詰めてるのかなんて。
同じ感情で見てるからこそ気づくのだから。
誇ることでもなく、俺がいちばんあの人を見てたから。
だから気づいた。
それが終わりを意味することだって。
「・・・まぁでも、その気持ちもわかるかな」
呟かれた言葉に「え」と見下ろす。
人の気持ちを読んだような言葉に驚いたということもあったが。
らしくない言葉だと思った。
あの人以上に前だけを見詰めてる奴だと思ってた。
隣や後ろを振り返ることもあるんだな、と変に感心してしまう。
「なんかグルグル回されてるみたいでムカツく」
苦々しく舌打ちするように越前が呟いた。
「・・・いや、訳わかんねぇから」
突然の物言いに呆れて見れば、いつものスカした顔で「ふふん」と笑われた。
多少なりとも俺だってムカツいたがいつものコイツに戻ったことに正直ほっとした。
そうだ、この感じなら。
気づかないで良いことには気づけないハズ。
無意識だったのか、ふっと息を吐くとまた隣で「ふふん」と笑われた。
「・・・何」
「いつか足元攫ってやるから。気をつけててよ、荒井センパイ」
「・・・え」
がしゃんと派手な音をたて扉が閉まる。
四角く切り取られた向こう側で不敵に笑う越前が俺を見てた。
目があって、瞬間ドキッと一際高く心臓が跳ねた。
部長の声が飛んできたことにさえ気づけなかった、ある日の話。