WEBCLAP LOG - 年中無休恋煩い症候群
「おい、ホントに帰んなくても大丈夫か?」
聞くだけ無駄だとわかってはいても目の前でぐったりしている人間を無視する事なんか出来なくて。
本日、何度目かわからない問いかけ。
「うー・・・ん、大丈夫じゃないかも知んないけど」
俺はココでいいよ。
返って来たのも先程から何度目かわからない同じモノ。
この部屋にいる人間みんなにバレているだろう溜め息を気持ち分隠して吐いた後、書類に目を落としたままの東方へと向いた。
「まだ終わんない?」
「ああ、あと少しなんだがな」
「俺たちで何か手伝える事あれば・・・」
「それ、おれも頭数に入ってんのか」
俺たち、と口にした瞬間。
生徒会室に据えられているソファにだらりと腰掛けていた亜久津が嫌そうに片眉を上げた。
「そう言うなよ。人手はあるほうがいいだろーが」
「俺は手伝うなんて一言も言ってねーけどな」
「亜久津!」
「いや」
「え」
「気持ちは嬉しいがこれ、会長決済分なんでな。役員外に見せるわけにはいかないんだ」
ようやく顔を上げた東方が小さく苦笑して肩を竦めてみせた。
でも、と言い渋った俺はその東方の隣へと視線を移す。
そこには引っ張ってきたパイプ椅子にぐったりと身体を預けた千石が会長机のすみっこに頭を乗っけて荒い息を繰り返している。
明らかに風邪、もしくは季節柄だろうなと思われるインフルエンザっぽい状態。
何度も先に連れて帰ってやるといっても千石は頭を縦に振らない。東方と一緒でいいとくっついたまま、既に1時間。
すぐにでも帰って横になってたほうが良いに決まってる。どうしたもんかと悩んでいると隣の亜久津が吸い終わった煙草を空き缶にねじ込んだ。
「・・・・・・んじゃ、コイツは連れて帰るからな」
「ああ。そうしてくれ」
だるそうに立ち上がった亜久津は東方に声をかけた。考える間もなく返した東方は眼鏡をかけ直す。
が。
「って、え?なんで、俺なんだよ!?」
帰るぞと言って掴まれたのは千石ではなく俺の腕。
当の本人はと言えば。
一瞬驚いた顔をした後、ちっちゃく笑って俺にバイバイなんて手を振りやがる。
軽いパニックに陥った俺は生徒会室の扉を開けた亜久津を振り返る。それがわかってたかのように亜久津の視線が俺に向く。
「あのバカは東方に任せときゃ良いんだよ」
「で、でも!」
「・・・・・・わかんねーか?」
「え」
面倒くさそうに顎をしゃくられて、つられるように千石と東方へと視線を戻した。
「あ」
視線を書類に戻した東方はかなりの集中力で読み進めている最中。千石はぺたりと片頬を机の天板にくっつけ少しでも熱を逃がそうとしているようで。
と、その時。
ペンを持っていた東方の手がそれを音もなく書類の山の上へと放り出すと千石の額へ手を伸ばした。
熱のせいなのかいつもより生彩の見られないオレンジ色の髪を掻きあげるようにして梳いていく。手が冷たかったのか、一瞬だけふるりと身体を震わせた千石がまた力を抜いたのがわかると今度は頬へ、するりと手を滑らせた。
熱っぽい吐息の中でも千石の顔に浮かんだ小さな笑み。
熱で震える口唇に冷たい指先がゆっくり這う感触に目を閉じた、その表情は。
キスなんかしてるところを目撃した時よりも下手に色っぽくて艶っぽくて、思わず顔が赤くなってしまったのがわかった。
「東方がさっきから済ませてんのは会長決済のモンばっかだろ」
「え・・・うん?」
「寝込むの確実なバカの面倒、見るつもりなんじゃねぇのか」
「あ」
「あれ以外の仕事なら別のヤツでもOKだからな」
やっと合点がいった俺を見た亜久津が呆れたように溜め息をつく。掴まれたままの腕を引っ張られると生徒会室から廊下へと引っ張り出された。
「なんで、わかってたんなら早く教えてくれれば良かったのに」
「・・・おまえ。俺の話なんざ右から左だったくせに」
「え・・・そんな、ことは」
「まぁいい」
ぐいともう一度引っ張られたかと思うと、今度はしっかりとその腕の中へ抱き込まれてしまった。
慌てて逃げようとするがビクともしない。
変だなと思ってると大きな溜め息が頭上から降ってきた。
「自分も熱があるなんて考えもしなかったか」
「へ」
そう言われてみると。
身体が少しダルい、いつもなら素直に頷ける千石の東方への直向さが歯痒かったりして自分の感情をコントロール出来なかったっぽいし。熱っぽいのは抱きしめられたからだと思ったのは間違いだったらしい。
なるほどと納得がいった途端、かくんと力が抜けた。
抱き込まれたままの格好だったから崩れ落ちずには済んだのだけれど。
「てめぇの面倒はイチからジュウまで俺が看てやるよ」
やけに楽しそうな亜久津の声がありがたく降ってきて意識を飛ばしそうになったのは色んな意味でしょうがないだろうと思う。