WEBCLAP LOG - 『デートしようよ?』夏休み編


01 * 赤福

「ねぇ福士くん、せっかく部活も休みになったことだし何処か出かけようよ」
立海テニス部の夏休みは名前だけで、中身がほとんどないのが当たり前。
テニスするのは大好きだから、そんな夏休みもアリだとは思うけれど。
やっぱりそのテニスと同じくらいに大好きな人がいれば一緒にいたいと思う気持ちもあるわけで。真田副部長に直談判したところ案の定「たるんどる!」とか言われて、俺にしてはめずらしく喧喧諤諤の言い争いを敢行した結果。
呆れた顔で様子を窺っていた柳先輩を始め、傍で見ていた他の先輩たちの後押しもあって、どうにかこうにかもぎ取った夏休み。
「こんな暑い中、出掛ける気はない」
「ええ!?そんなぁ・・・!」
当然のように押しかけた福士くん宅から少し離れた駅前のファーストフード店。
何か思いで作ろうよ!と誘う俺に福士くんはすげない返事ばかり。
炭酸が苦手な福士くんの手にはウーロン茶。
視線を落とした俺の手の中にはショワショワと音を立てるコーラ。
「あ。じゃあ海行こうよ!暑いんだったら丁度良くない?」
「却下」
「えっなんで・・・・・・あ。もしかして泳げないとか?」
「んなわけあるかっ」
「じゃあなんで〜?」
名案だと思ったのに。
砂浜で肌を晒した福士くんを想像して、にやけそうになった頬を引き締めると憮然と向かいの席に座る福士くんを見る。
と、そんな俺以上に憮然とした顔をしていたのはその福士くんで。
きょとんと見やれば。
「日焼けすると俺、真っ赤になるだけで痛くなるんだよ。だから行きたくない」
「・・・・・・あー、だよね」
ストローをガジガジ齧る福士くんのTシャツから伸びる細い腕を見やって、納得の頷き。透けるように白い肌は日焼けに向いてそうにもなく。
うーん、と唸ってしまった俺に福士くんは少しだけバツの悪そうな顔をした。
「それに、さ」
「え?」
顔を上げると福士くんは俺とウーロン茶を交互に見比べて、言いにくそうに口を開いた。
「俺、細っこいじゃん?」
「うん?」
「・・・細いうえに色も白過ぎだし、ああいう人の多いトコ行くと変に注目集めちゃって嫌なんだよ」
俺ガリガリな訳じゃないんだけどなー。
そう口惜しそうに呟いた福士くんは「ほら」とTシャツの裾を捲って、お腹をちらり。
「!!」
慌ててその手を抑えたのは言うまでもない。
ただでさえアンニュイな雰囲気の福士くんに集まっていた周りの視線が舐めるモノに変わった瞬間は、まるでサバンナで獲物を見つけたライオンのようで。
訳がわからないといった顔で俺を見る福士くんに、内心で溜め息。
やっぱ、海とか違う意味で行けないよなぁ。
海パン姿で砂浜歩いてたら何が起きる事やら・・・想像したくもない。
うん、と頷いた俺は福士くんににこりと笑いかけた。
「じゃあ今年はゆっくりと家で過ごそうよ?」
出掛けなくても違う「楽しみ」はある訳だし!
そんな俺の笑顔を見た福士くんの顔が引きつったのはこの際見ないことに。
さぁ夏休み。
イイ思い出作ろうよ?





02 * 亜南

「亜久津って海とか行かないよな?」
「ああ?」
コンビニで「夏のお出かけマップ特集」とデッカく書かれた雑誌を斜め読みしつつ、同じようにモーター系の雑誌を読んでいた隣の亜久津へと声をかけると不機嫌そうな「ああ?」の返事。
うんまぁね?
学校にも出て来ないことが多い『不良』なのに、夏になったからって人でごった返す海に行こうなんて考える筈もないことは判ってたけど。
「なんで?」
「え。いやーなんでって言われても、なぁ?」
「・・・・・・・・・・・・」
面倒くさそうにだけど、それでも話に乗ってきてくれたのは嬉しい。
が。
断られるのが判ってて「海行こうよ」とは言えなくて。
「あー・・・」と視線を彷徨わせていると。
「・・・・・・行きたいのか」
少なからず驚いたみたいな顔で、でも何処か納得したような表情でそう訊いてくるから。
「うん」
思わず頷いてしまった俺。
そんな俺を見て、亜久津は口の端に苦笑を浮かべた。
伸びてきた手にピクッと反応を返すと、勢いよく髪をくしゃっと掻き回される。
「バーカ。行きたいんなら、はっきり言え」
「え、いや。でもさ?」
しどろもどろで言葉を探す俺に亜久津はまた苦笑。
「昼間はアチぃから夜釣りでも行くか」
「・・・・・・マジでっ!?」
「ああ」
思わずはしゃいだ声になった俺に亜久津は滅多に見せない微苦笑を浮かべ、俺の手にあった雑誌を棚に戻した。
こんなの見てれば、バレバレか。
「あ!じゃあ俺、夜食用に弁当作ってくから」
亜久津と出かけられる!
思いのほか、その事に浮かれてしまった俺は思いつきを口にした。
弁当とは言ってもおにぎり握って卵焼きとか、そんな簡単なモノしか無理なんだけど。ないよりはマシだろ、と亜久津を見やれば。
「ああ期待してる」
嬉しいと感じたのは俺だけじゃなかったらしく。
ぶっきらぼうに、でもちいさく笑いを浮かべた亜久津のその言葉。
それがまた俺の嬉しさを助長させたこと、おまえ判ってる?
さぁ夏休み。
おまえと何個、思い出作れっかな?





03 * 東千

午前中の部活を終えてから出掛けた、淡水魚だけを扱う、ちいさな名ばかりの水族館。
館内の中央に設けられた直径5Mはあろうかという円筒形の水槽に泳ぐのはアロワナなピラルクー等の有名な魚たち。
自分たち以外は2人3人とひと気のない館内は静かで。
耳に心地良いBGMの他に聞こえてくるのはモーターと水槽の中で上がる水泡の音のみ。
「飽きてないか?」
「うん、大丈夫」
大きな水槽のガラスにへばり付くようにして、泳ぐ魚たちを言葉もなく熱心に見上げている千石に声をかけると視線はそのままに返事だけ。
暇を持て余すと来ていたこの場所に他の人間を連れてきたのは千石が最初。
ちゃんとした水族館と違い、薄暗くもなく、かといって明るい訳でもないココは意外と俺の『お気に入り』のスポットで。
気に入ってくれたのは勿論、嬉しいのだけれど。
入ってからホンの数分間、言葉を交わしただけで後は会話もない状態に苦笑が洩れていることも本当。
「千石」
「んー?」
返ってきた千石の気のない返事に、気付かれないよう片眉をあげた俺はおもむろにその腰へと腕を回す。
ひんやりとした空気の中で感じた体温に、千石の肩がピクリと跳ねた。
「っ何、東方・・・!」
がばっと振り返った千石は俺の薄く浮かべた笑みを見て、またも肩をピクリと跳ねさせた。
その間にもしれっと互いの密着度を高めると頬に朱をのぼらせる。
上目遣いに見上げてくる、その表情がますます俺を煽っているだなんて考えもしないんだろう。
目が合い笑ってやるとうろたえたように視線を彷徨わせて。
「何なの?魚、見るんじゃないの?」
「ああ俺のことは構わないから好きなだけ見てるといい」
「え。・・・って、この手は!?」
「気にするな」
ガラスに押し付けるようにして後ろから抱きしめるとシャツの裾から指を這わせる。感度の良すぎる千石にはそれだけでたまらないらしく、顔を真っ赤にしてガラスへとコツンと額を預けさせた。
その首筋へ口唇を触れさせるとちいさく「っあ・・・!」と声が洩れて。
「最後まではシないから安心してろ」
そう耳元に囁いてやったら、物凄い勢いで振り返られた。
口をパクパクさせるが上手い言葉が見つからないらしい。
ふちが赤く染まった目許へキスすると潤んだ瞳で上目遣いに睨まれた。
「・・・・・・ホッント、東方って意地悪だよね!」
「知らなかったのか?」
「っもう!」
項垂れたオレンジ色の髪へキスを落とすと抱き寄せた、夏休みの午後。
ヒトには言えない思い出もあっていいだろう?





04 * ジャブン

赤也が真田に食って掛かってくれたおかげで手にした夏休み。
嬉しいには違いないが、予定もしてなかったから「さてどうしよう?」となったのは言うまでもなく、俺とジャッカル。
スキップしそうな喜びようで帰っていった赤也を見送っての、2人きりの帰り道。
「どうする?」
「なぁ?」
何回交わしたかわからない、その会話。
結局、答えは出ずに歩き続けて気がつけば、もうジャッカルの家がある豪奢なマンションの前。
意味もなく見上げ、ふと目に入った大きなベランダ。
「あ、そうだ。インドアキャンプしよう?」
「・・・なんだそれ」
「この間、おまえんちでキャンプセット見つけたんだよ。テントは勿論、エアベッドとか一式揃っててさ。まぁ大荷物は大荷物だからベランダで広げて『なんちゃって』キャンプどうかなって思ったわけ」
「へぇ」
「良くね?」
ジャッカルん家のベランダは大型犬を放し飼いで飼えそうなほど広い。
張り巡らされた柵にそって、ぐるりと腰高に植栽されていて。大きな観葉植物は勿論、細々とした植木鉢にいたるまで俺とジャッカルの手で綺麗に整えてある。
(ジャッカルん家の親父さんとお袋さんは家にいないことが多いから自分たちがしないと、しょうがないのだ)
マンションの高さも手伝って外部からの目も気にしなくてもいいし。
料理は台所で出来るし、見たいTVも録画することなくリアルタイムで見れる。
それに何と言っても。
「たまには目先を変えて、いちゃいちゃしようぜぃ?」
後処理とかシャワーなんかも気にしなくて良いんだからさ!
俺の言葉を聞き、納得したように頷いたジャッカルの手を取って、笑顔でマンションのエントランスをくぐった。
さぁ夏休みが始まる。
2人だけの秘密な空間に浸ろう?