WEBCLAP LOG - 帰り道


01 * 赤福

どこぞの新婚夫婦みたいな会話をしながら帰っていく先輩達を見送った後、ちっちゃく舌打ちしてから歩き出した。
こんな時に感じてしまう寂しさ。
同じ学校じゃないから、ああやって一緒に帰ることなんて絶対にありえない訳で。頭ではわかってはいても心が追いつかない。
長く長く伸びた影を踏もうとするけれど、それも絶対に叶わないこと。
ふぅと今度は溜め息を吐いたその時。
え。
道路の少し先。
自販機が並んだ電信柱のその影に。
「・・・・・・福士くん、?」
わりと距離があったはずなのに、俺の呆然とした呟きに気づいたその人が身体を起こすのが見えた。寄りかかっていた電柱から顔を覗かせのは。
「遅い」
「え。いや、ていうか何で、ココ立海だよ?」
「うん?」
まぁ落ち着けよと綺麗な顔で笑ったのは紛れもなく、福士くんその人。
なんで、なんでなんで?
呆然と見詰める俺に福士くんが苦笑した。
しょうがないなーという表情に俺が思わず取った行動。
「・・・・・・切原?」
「・・・・・・ごめん、少しだけ」
きゅうっと抱きしめると福士くんはちいさく息を漏らして身体の力を抜いた。
それをいい事にぎゅうっと抱きしめると福士くんのさらりとした髪から届くイイ匂いが鼻を刺激して胸の奥がきゅうきゅう鳴いた。
そして伝わってきた、福士君の笑う振動。
「なんだよ。寂しかったのか?」
「・・・・・・うん」
「ばーか」
「!」
がばっと顔を上げると少し困ったような顔をした福士くんが俺を見た。
視線が絡むと僅かに首を傾げる。
覗き込まれる格好にますます視線が絡んで。
「言えばいーのに」
「・・・・・・だって、福士くんだってさ色々と忙しいじゃない」
「そりゃそーだけど。だからって我慢してて何かイイことでもあるかよ?」
「・・・・・・福士くんが会いに来てくれたけど」
「ばーか」
くすくす笑い出した福士くんの綺麗な笑顔に心臓を掴まれた気分。
「俺もずっと会いたかったんだ」
ぽつりと聞こえてきた言葉に福士くんを見る。
強請るように目蓋を下ろした、その口唇に。
心も身体も持って行かれた俺は随分と幸せな男だったんだと改めて思い知らされたんだった。





02 * 亜南

「じゃあね〜南!」
「また明日な」
千石と東方と、3人で帰るのが日課で。
今日も今日とて東方家へと泊まる気満々の千石が東方と一緒に駅の方へと消えていった。
それまでは『オトモダチ』だった雰囲気が、俺が背中を向けた途端、違うモノに代わったのが伝わる空気でわかり苦笑した。
つきあってて、そういう関係だっていうのはお互い様なのに。
意外と繊細な感性の持ち主である千石の気の使いようなのか、あまり他人に気を向けない東方までがそんな有様で(親友と呼べる間柄でも東方はクールだ)別にあからさまにくっついてろよと言うワケでもないが何だか妙にくすぐったさを感じてしまう。
うん、だってなぁ?
「・・・・・・遅ぇ」
見慣れたシルエットからいつものお言葉。
「そうか?いつもと変わんないだろ」
「・・・・・・チッ」
公園の階段へと腰掛けていた亜久津のそばまで行くと、亜久津は舌打ちしてから咥えていた煙草をアスファルトに吐き出し、革靴の先で揉み消した。
立ち上がった亜久津の隣に並ぶと2人して歩き出す。
「ったく。家に帰ってないんだったらコートに顔出しゃいーのに」
「煩ぇよ、人の勝手だろーが」
「そりゃそうだけどさ。でも」
「あ?」
でも、と言いかけて慌てて口を噤んだ。
訝しそうに亜久津が俺を見やる。
だって言えない。
「なんでもない。で、今日はおまえんち?」
「おー」
にこっと笑って訊けば、ふいっと視線が逸らされて。
けれど答えはちゃんとくれるんだよな。
あたりを見回し人がいない事を確認すると、そぉっと手を伸ばした。触れるか触れないかくらいで亜久津の手が俺の手を掴むときゅうっと握り締めらる。
同じように握り返すと満足そうな亜久津の横顔が見て取れた。
うん、だってなぁ?
2人だけだとラブラブモード全開の千石と東方に負けず劣らず、俺たちだってイイ感じだから。
だって、毎日。あの2人と別れるのを見計らって姿を見せる亜久津。
なんだかんだ言いつつも待ち合わせっぽい事したりして。
ただどちらかの家に帰るだけの道程を並んで歩く、それだけだけど。
『でも、一緒に帰るんだったら学校からでもいーじゃん』
そう言おうとした言葉を飲み込んだ。
それが亜久津なりの愛情表現だっていうのも知っているから。
俺は幸せなんだ。





03 * 東千

「あっくんもさー待ち伏せしてるんなら学校から一緒に帰ればいーのにね!」
駅で電車を待ってる間。。
ふと思い出したように千石が笑って言った。
「仕方ないだろう。それが『亜久津』だ」
「うんまぁね〜南は南で気づかれてないとか思ってるんだろうし」
「それも『南』だろ?」
俺の答えに千石がゆるく笑う。
毎日のように南を待つ亜久津と亜久津を待ってる南。どっともどっちだと笑う俺たちも大概似た者同士なんだろうと思う。
所謂『類友』ってヤツか?
「幸せな事なんだから堂々としててもいーのにねぇ」
南と亜久津、2人のふだんを想像して笑いを浮かべた千石が乗り込んだ電車のガラスの向こうの流れる風景を見やって、ひとり呟く。
動き出した電車に揺れに身をまかす千石を見やって、ふむと頷いた。
吊り革につかまった俺の腕の中に収まる形で立つ千石の後ろから、その耳元へと口唇を寄せる。
触れて、離れた。
ビクリと面白いくらい肩を震わせたのは千石。ほとんど飛び上がっていたと言っても過言じゃない。
込み上げる笑いを堪えつつ、素知らぬ振りでもう一度口唇を寄せようとしたら千石がちらりと振り返って。
涙目になった視線とぶつかった。
「どうした?」
「どうした、じゃないでしょ!?何、こんなトコで――」
「だって堂々としてていーんだろ?」
幸せな事なんだから。
そう耳元で囁くと千石はビクッと肩を震わせてガラスへと向き直ってしまった。
開閉ドアにはめ込まれたガラスに映る千石の赤い顔を確認ができて思わず笑みを浮かべる。
低く笑った俺の足を千石の革靴が踏みつけた。





04 * ジャブン

「悪ぃ、ジャッカル。今日の帰り、こっちからな」
駅を出たところでブン太が思い出したように言ってきた。
こっちとは家があるのとは違う方向。
反対ではないが、どう考えても遠回りなその方向。
「いーけど。なんだ?」
バッグを掛け直してブン太を見やると少しだけ言い難そうな顔をして俺を見た。
口をパクパクさせて、何て言おうか迷ってる、そんな表情。
ふだん見せない顔に眉間に皺がよったのが自分でもわかった。
嫌な感じを受けて、あれこれと考えてみたけれど。ブン太が見せる表情になるような事なんて思いつかなくて。
ちらりと上目遣いに見上げられて、ふと思いついたのは絶対に認めたくない認められない、自分への拒絶。
まさか。
すうっと顔色がなくなったのが他人事みたいで。
そんな俺に気づいたブン太が訝しそうに見上げてきた。
「ジャッカル?」
「・・・・・・俺は、認めない!」
「え」
驚きに見開かれる、ブン太の大きな瞳。
腕を掴むとますます怪訝そうに見詰められて。でも俺だって視線は外せない。
「あーやっぱ、駄目?」
ふぅと溜め息をつかれて、逆上しそうになった。
口を開こうとした俺の目の前で。
ブン太は「やっぱ駄目かー」なんて暢気に呟いてる真っ最中。そこで思い至る。
まさか。
俺の早とちり?
気を取り直した俺は「ちぇー」とブツブツ言ってるブン太を見下ろした。
「・・・・・・言ってみろ」
「うん?だって駄目なんだろ?」
「いいから」
さっきとは違うことを言う俺にきょとんとしてるブン太。
少しだけ考えて口を開いて出た言葉に俺は膝から崩れそうになった。
「・・・・・・北口の商店街でさーティッシュの特売やってるから一緒に行ってくんねぇかなーと思って」
「・・・・・・・・・・・・」
「だってさ!あの値段でお一人様3個までなんて普段じゃぜってー考えられないんだぜ!?」
大体、誰のせいで毎日大量に消費するハメになってんのか、わかってる?
口唇を尖らせて言い募るブン太に俺は頷くしかなくて。
ぱぁっと表情を明るくさせたブン太に腕を引かれると苦笑を浮かべて歩き出した。
気を良くしたブン太が俺のマヌケな勘違いに気づかなかった事に安堵して。