WEBCLAP LOG - 嘘


01 * 赤福

「福士くんってさ、嘘ついてもすぐバレるでしょ?」
そう言った俺を見て福士くんは鼻で笑った。
いつもの綺麗な顔にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
目で「何?」と訊き返した俺に福士くんの細い指が伸びてきて頬に触れた。
「バレねーよ?」
「うそ」
「バレねーって。そう思ってるんならそうで構わないけど、な」
福士くんの返事を聞いて、即座に「ありえない」と返した俺。
そんな俺を見詰めて、福士くんはちいさく笑った顔のまま指を這わせてきた。
指先が俺の口唇を撫でていく。
ひんやりとした感触にじわりじわりと熱が起こるのを感じた。
「俺はオマエが思ってるより結構、悪ドイかもよ」
謳うように囁かれて、言葉をなくした俺に福士くんがにこりと微笑んだ。
その笑顔が綺麗過ぎて、言われた言葉が本当に感じられた。
うん。実はね、俺も福士くんについての色んな噂とかって知ってるんだ。
でも俺だってさ?
他人様に自慢できるような性格でもないし、ましてや試合なんて勝った結果はどうあれ誉められたモンでもないと自分でも思うからね。
だけど、それでも。
浮かびそうになった涙に一瞬、目を閉じて福士くんを見る。
「それでもいーよ」
「うん?」
「けど、俺に『嘘』言ったら・・・俺、泣くよ?」
決まらない、格好悪い台詞。
思わず視線を逸らしたら福士くんから抱き締められた。
ひんやりとした指先からはわからない、ほっとする体温が俺を包んでくれる。身体を委ねた俺にやんわりと福士くんの腕が回されて、きゅうっと。
「俺はオマエが好き」
耳に届いた台詞に泣きそうな気持ちがどこかへ飛んでいった。
ふふ、と静かに笑う福士くんの優しい声が耳に届いて、俺はまた目を閉じた。
「それ『嘘』じゃないでしょ」
「うん」
「ならいーや」
例え、福士くんが。
嘘つきでも悪ドイことしてても、真実、俺のことを好きと言ってくれるなら。





02 * 亜南

亜久津の背中に腕を伸ばして抱きついた。
振り返る気配がしたから、慌てて口を開く。
この表情を見られるわけにはいかない。
「なぁ俺と別れて?」
その言葉が空気にまぎれた瞬間、亜久津の身体が動きを止めた。
数秒、その態勢のまま時間が流れる。
動かない亜久津に苛立って、もう一度口を開いた。
「俺と別れて」
最後の「て」を発音したかどうか。
背後から回していた手首を掴まれたかと思ったら、冷たい床の上に縫いつけられた。両手首を掴まれて、身体ごと押さえつけられた格好。
浮かびかけた涙を誤魔化すように。
打ち付けられた痛みに思わず目を閉じてしまったから、その痛みが逃げた後ゆっくりと目を開いた。
視線の先には凶暴だとか獰猛だとか、とても日常には思いつかないような言葉でしか表せない表情をした亜久津。
「・・・・・・それ、本気か」
「本気だと言ったら?」
「俺は、絶対に許さない」
「・・・・・・俺も許さないよ、絶対に」
「あぁ?」
俺の言葉に、少しだけ訝しげな表情をみせた亜久津。
まっすぐ亜久津を見上げて口を開く。
先程までのくじけそうだった気持ちが雪みたいに融けてなくなって。
だって。
終わり、だと思ったのは嘘じゃないから。
ここで引いたら絶対に引き摺ることは目に見えてるから。
俺はおまえが好きだから。
そんなおまえに好きでいて欲しいと思うから。
だから俺におまえの真実の気持ちを頂戴。
「今度、俺に『嘘』ついたらホントにそうなるから」
しばらく経ってようやく脳に言葉が届いたのか亜久津がほぅっと息を吐いた。
思いっきり安堵した顔をみせた亜久津に思わず苦笑がこぼれた。
ここまでヤラレてるなんて、と可笑しくなった。
「許すのはこれっきり。あんまり俺を怒らせるなよ」
二度目はないから。
悠然と言い放った俺を見て、またしても凍ったように表情を変えた亜久津にキスを強請った。
これを最後にはしたくないだろう?
なら、ちゃんと俺を、俺だけを見てろよ。
そう気持ちを込めて亜久津の舌を迎え入れた。





03 * 東千

「なぁ千石だったら東方に嘘つかれても平気?」
澄んだ目をして南が訊いてきた。
何処か吹っ切れたような、そんな目。
一昨日、派手にあっくんとやらかしたらしい。昨日今日と南に対するあっくんの態度を見てれば、どっちが良い悪いのかなんて判断するまでもない。
「俺は平気」
考えるでもなく答えた俺に南が瞠目した。
「なんで?嫌だとか思わないのか?」
「うーん」
そこで悩んだ俺に南は呆れた顔をして俺を見ると肩を竦めた。
がりがりと頭を掻いた南は遠く明後日のほうを向いた。
「おまえってホント東方のこと好きだよな」
「え。そりゃそうだよ・・・って、南」
「うん?」
いったん言葉を切った俺は南を見やって、胸に手を当てた格好でにっこりと笑ってみせた。
だって、俺のココにあるのは動かしようのない『確信』。
「東方は俺に『嘘』は言わない。黙っている事はあるかも知んないけど絶対に『嘘』だけは言わないよ」
「おー大した自信だなぁ!」
「それはちょっと違う。例え他の人には『嘘』になっても、東方が俺に言うのは『真実』なんだよ。東方の口から出るのは全部」
「『嘘』にはならないって?」
「そう。俺にとっては東方が全てなんだから」
えぇ?と南は豪快に首を捻った。
わかんなくてもいーんだ。
俺は東方に人生を生涯を賭けてる。東方のためなら俺は命さえ厭わない。
もちろん。
東方がそんなこと言うなんてありえない。
俺のことを真実、大事に大切に想ってくれてるのを知っているからこそ。
それくらいの覚悟でっていうことなんだ。
その相手の存在や言うこと全てが俺にとっては世界そのものなんだから。
だってさ、南。
今のこの亜久津と過ごせる世界が贋物だって思えないでしょ?





04 * ジャブン

夕食の買出しに出かけていた俺は帰ってきて、いちばんに呆然と携帯を見詰めているジャッカルを見つけた。
というのも玄関があるオープンスペースからリビングに入るドアを開けたところに突っ立ってたんだから、嫌でも目に入る。入らざるを得ない。
つか、すっげー邪魔なんだけど。
「何、どうしたワケ?」
「・・・・・・ブン太」
携帯を見詰めたままのジャッカルの横を通り抜け、キッチンへと向かう。
買ってきた物をパントリーや冷蔵庫に片付けようと袋から取り出したところでジャッカルに名前を呼ばれた。
いつになく緊張した声に思わず顔を上げると真剣な顔をして俺を見てて。
「え。何」
「・・・・・・俺と一緒にブラジル行ってくれるか?」
「・・・・・・え」
言葉に詰まった。
いつだったか聞いたことのある話。
ジャッカルの親父さんは病弱で定職にはついてない(というかあんまり仕事する気もないらしい)がブラジルにある実家はアメリカなどまで手を広げている、ホテルやカジノなどを経営してるかなり大きなグループだという。
今は叔父にあたる人がそのトップに就いているが子供がいないため、もしかしたら自分が後を継がなきゃいけなくなるかもしれないということ。
まさか、ね。
ジャッカルの事はもちろん好きだ。
いずれもし、そういう事になっても良いように対処できないとなんては考えていた。でも、それは高校大学を出た後だと思ってたから。
いきなり言われても今の俺じゃ「はい」とは言えないよ。
というか言えるはずもない。
「・・・・・・あの、ジャッカル。俺」
「遣りやがったぜ、親父!」
「・・・・・・え?」
ごめん、と言おうとした俺の言葉を遮って上がったジャッカルの台詞にポカンとなる。携帯を握りしめ、ガッツポーズをしているジャッカルを唖然として見る。
確か親父さんは今アメリカにいるはずだ。
で、それが何?
事情が飲み込めなくて、ぼんやりしてる俺にズカズカと近づいてくるとおもむろに抱き締められた。
きゅうっと抱き込まれた体温が優しくて。
思わず、ほにゃりとしてしまった俺は責められないと思う。
「宝くじ当てやがったってさ!」
「はぁ!?」
「けどさ親父ひとりじゃ心許ないってお袋が。俺にあっちまで行って来いっつーんだわ。旅行かねて一緒に行かないか?」
悩んだ俺は何なんだったんだ。
力の抜けた俺は「へぇ」と他人事に生返事。
つか、あっちってアメリカ?それとも、ブラジル?
旅行って、というかその他諸々、全部おまえ持ちだろうなぁ?
ぼんやりしたまま、そういやと思ったことを訊いてみた。
「ところでいくら当たったんだ?」
「んー日本円になおすとだな。えっと・・・大体なんだけど、26億円?」
「・・・・・・・・・・・・は?」
嘘だろぃ。
金額も驚くに値したけれど、その事をしれっと口に出したジャッカルが本当にいいとこのボンボンだったいうのが信じられなくて。
かくんと膝から力が抜けたのは言うまでもない。