WEBCLAP LOG - 雨


01 * 赤福

俺にとって雨の日は嬉しい日だったりする。
待ち合わせするのには適してない日だけど、傘を差した福士くんは雨でぼんやりとしていて、言葉に出来ない、何とも言えない風情みたいなものをかもし出すからだ。
それに意外と福士くんも雨の日が好きみたいで機嫌がいい。
そんな俺たちだから、雨が降ったって待ち合わせが潰れることがない。
「福士くーん」
待ち合わせ場所につくともう福士くんの姿があった。
必ず5分前には来てる福士くん。
なんだかんだ言って、俺との待ち合わせ心待ちにしてくれてるんだろうか?なんて馬鹿をことを考えながら名前を呼ぶ。
くるんと傘が回って、福士くんが振り返った。
「おっす!」
「もう、雨の日くらい時間ちょうどにくればいーのに」
濡れちゃうでしょ、と言えば笑って返してくれた。
「だってさ、雨の日はおまえも早めに来るだろ?だから待たなくてもいいじゃんか」
照れ臭そうに、それでも嬉しそうに微笑んだ福士くんはそれを隠すみたいに両手で持っていた柄を中心にくるんくるんと傘を回した。
今日が雨の日でホントに良かった。
真っ赤になってしまった顔を隠すのにも、少しだけ傘を傾ければ済むから。
ガリガリと頭を掻いた俺に福士くんが近寄ってきた。
「切原?」
「うん?」
くいっと空いていた手を引っ張られ、俺は福士くんの傘へと入り込まされた。
「・・・何?」
「雨の日に死ぬ気で感謝」
「え?」
福士くんの傘が傾いて。
閉ざされた視界の向こうに目を閉じた福士くんが見えて、口唇には温かな感触。
開いたままの俺の傘の裏にはポツポツと雨の当たる音。
濡れてしまい、使えなくなってしまった俺の傘のおかげで福士くんと相合傘できることになった、ある雨の日のデート。





02 * 亜南

雨が降っている時に限って亜久津は学校にサボらずやって来る。
普通、天気がいい日など「気分いいよね〜」と出てきそうなモンだが亜久津には通用しない。
そして今日、朝から雨。
朝練はなかったけれど、時間がくれば目が覚めてしまう泣きたくなるような習慣のせいで今日も今日とて朝早くに登校することになった俺は、窓際でぼんやり外を眺めていた。
「・・・・・・あ」
ぽつぽつと来出した生徒たちの傘が見えた、その中に。
ひとつだけポツンと空いた空間の中、進む傘。
黒い生地のふちに1センチほどの銀ラインが入ったそれは見間違うはずのない、亜久津のもの。
と、その時。強風が吹いた。
ふわりと持ち上がった傘は風に煽られて持ち主の手から離れたらしく、銀髪を立てた亜久津の姿が目に入った。
抜群の運動神経を誇る亜久津でもそんな事あるんだ、と眺めていると何やら大事そうに制服の胸の下あたりを抑えていて。
足を進めて傘を取りに行った亜久津が身体を屈めた途端、下ろしていたファスナーの奥からひょっこり子猫が顔を出した。
「・・・あいつ、何やって」
苦笑した俺は教室を飛び出した。
昇降口へと向かう亜久津に声をかけると自分の傘を取り出して、テニス部の部室へと向かった。
「また拾ったのか?」
「他にも何匹かいたみたいだけどな、こいつだけ取り残されてた」
余分に持ってきてたタオルで亜久津の頭を拭いてやる。
その下では亜久津が子猫を別のタオルで拭いてやってる最中で。気持ち良さそうに目を細める子猫に、亜久津の口元にもうっすらと笑みが浮かんでた。
「で、拾ったワケか?」
「・・・・・・優紀にはもう電話してある」
「いいって?」
こくりと頷かれ、俺としては「そうか」としか言い様がない。
亜久津親子は捨て犬捨て猫にめっぽう弱い。時間帯がまちまちな自分たちでは育てられないから貰い手を見つけてるワケなんだが、それにもかかわらず見つけると放って置けないらしい。
亜久津の細い指先が子猫の顎をくすぐると嬉しそうにぐるぐる鳴く声が部室に響いた。
拭いていたタオルを取ると崩れてしまった銀髪が額へと落ちる。
目許まで隠す前髪の下、子猫を抱き上げた亜久津がちゅっとその鼻先にキスした。
「!」
ぴくりと動いたのは子猫と、俺。
下りた銀髪の奥から亜久津が俺に視線を向けた。
「何だよ」
「・・・いや、別に」
まさか子猫に嫉妬しちゃったんだとは言えない。
鼻先を擦り合わせるようにして子猫をあやす亜久津を横目に、そろりと視線を外すと部室の扉へと近づいた。
カチンと鍵の閉まる音が響いて、亜久津の顔を俺を向いた。
「南?」
子猫に毒気を抜かれたみたいな亜久津の顔は普段、俺と2人だけの時に見せる顔。
たかだか相手は子猫だというのに、それすらも許せない自分が何とも言えない。
昨日、綺麗に掃除された部室の床はピカピカだ。
膝をついた俺は四つんばいで歩を進めるとパイプ椅子に座っていた亜久津の膝元まで近寄った。
「・・・・・・南?」
亜久津の膝に手をかけると訝しげな声が降ってきた。
下を向いていた俺はわざと舐めるように上向いた。
上目遣いで見上げると誘うように微笑む。
両手を膝にかけると伸び上がって、亜久津の顎の下へちゅっと音を立てて口付けた。
僅かに見開かれた亜久津の瞳には驚きの色。
その様子に内心でほくそ笑むと「にゃあん」と鳴いてみせた。
「俺もいくらでも鳴くからさ、構ってよ」
雨が降っていると亜久津はサボらずに学校へやってくる。
そして俺と2人、授業をサボるのだ。





03 * 東千

雨の日、俺が傘を持っていくことはない。
「あーやっぱり雨降り出したねぇ」
「当たんなくていい時ほど当たるよな、天気予報って」
「だよねー」
東方とともに昇降口へ。
バッグを背中へと回すと東方の横に並ぶ。
靴を履き替え、傘たてに突っ込まれていた自分の傘を取り出すと東方が顎をしゃくってきた。呼ばれた通りに近寄るとぐいっと肩を掴まれる。
同じように傘を取りに来る人間で次第にごった返してきたから東方がそばに来いと言ってくれたらしい。ほいほいと寄っていくと手を取られ、外へと引っ張られた。
「行くぞ」
ポンと傘が開く音がして、黒い傘の裏地が空になった。
身長差のせいできっちり横に並ぶと東方の肩が頭の来る。そうなるといくら傘が大きくても男2人が入れば濡れることは必定。
ちらりと東方を見上げる。
「ね、東方」
「なんだ」
「やっぱり俺、自分の傘使うよ」
「なんで」
俺のバッグには使われた事はないが折りたたみの傘が1本入っているのだ。
ちょいちょいと背中のバッグを指差してみせたが東方が頷くこともなくて。
「だって俺と入るとさ絶対濡れるんだもん」
「ああ、まぁな」
「それが俺もなら、まだ納得がいくけど。濡れるのが東方だけって言うのが気に喰わないの!」
何でもないことのように空とぼける東方に噛み付くと、口の端に浮かべた笑みで返された。そんなに強い雨ではないけれど、どうしたって濡れない訳じゃない。
現にもう、傘を持つ東方の片一方の肩はびしょ濡れで。
傘を差しかけられた俺は全然濡れてないのだ。
「いいんだよ。俺がそうしたいんだから」
傘を俺に差しかける東方がふわりと微笑んだ。
もう、反則だっていうの!
その顔で笑われたら、俺はもう何も言えない。東方もそれをわかっててやってるだろうから余計に始末に終えない。
「その代わり。風邪ひく予定だから看病よろしくな?」
クシャリと頭を撫でられて。
ただでさえ湿気でまとまらない髪をうやうや思ってた俺の心配も東方のその一言で、そんなものとばかりに宇宙の彼方に飛び去った。
もう一度くしゃりと撫でられる大きな手の感触に思いっきり顔をほころばせて頷いた、いつもの雨の日。





04 * ジャブン

その日は朝から雨。
通常使っているテニスコートは屋外だけど、屋内にもあって、他にもそれなりにとは言い難い施設が整っているから立海大テニス部の活動が休みになることはない。
「うわーどしゃ降りになってんじゃん!」
こなす分の筋トレを早々と終わらせて昇降口まで来ると、ちょっと前に弱くなっていた雨はこれでもかと叩きつけるようなものに変わっていた。
傘はあるけれど、こんな降り方じゃ役に立たないような、そんな感じ。
「なんだ。帰らないのか?」
「帰るけど・・・見ろよ、これ」
「うわ。さっきまで小降りじゃなかったか?」
「なぁ?」
傘を片手に外を見ていると同じようなバッグを背負ったジャッカルが話し掛けてきた。
隣に並ぶジャッカルに外を見るように促すと嫌そうに顔を顰めた。
ジャッカルに言わせるとこっちの雨はじっとりとしていて好きになれないそうだ。
確かに梅雨時に似た感じがして、空気までが重っ苦しい。
けれど待ってても止みそうにない雨。
濡れるのを覚悟で出て行かないと帰れそうにない。
「しょーがねぇ。濡れて帰るしかねーか」
呟くと隣にいたジャッカルのくくっと笑う声。
何だよと見上げると小さな子供にするようにぽんぽんと頭を撫でられた。
「おまえって見た目のわりに男前だよな」
「ああ?何だよ、それ。つか、どーいう意味だっ!」
掴みかかろうとした俺をあっさり交わすとジャッカルは小気味いい音をさせて真っ黒い傘を開いた。
昇降口の重っ苦しい空気がその「ポン」という音で軽やかに変わる。
「学校からなら俺んちのが近い」
「え?」
「しかも、この雨なら傘があったって絶対に濡れる」
「・・・・・・だから何」
「だから」
一度そこで区切るとジャッカルが傘の奥でにやりと笑った。
「今日は俺んち泊まってけってこと」
首が取れるかもしれないといった勢いで頷いたのは言うまでもない、そんな雨の日。