物書きさんに20のお題 / 黄


01 * 45点

ちゅっと音をたてて離れた口唇。
互いを繋いだ糸に気づかなかった振りをして、わざと視線をそらす。
濡れた口唇を指のはらで拭うと大きな手が恐る恐るといったふうに重ねられた。
「・・・・・・なんだ」
「上達した?」
ぽそりと呟かれた言葉に視線を上げると揶揄いの色を宿した鳶色の瞳とぶつかった。
は、と鼻で笑うとアイツの大きな手が俺の顎に触れた。
無駄に恰好良いアイツの顔を至近距離で見詰めることになって、ちいさく息を飲んだ。
「満点もらえるまで頑張る」
耳元で囁くように言われて思わず身体を捩ったけれど。
壁際まで追い込まれて、片腕を縫い付けられている状態じゃ逃げられない。
触れてるところから伝わる熱に眩暈がする。
こんなんじゃ採点もままならない。
「次は何点かなぁ」
独り言のように呟かれて、誘われるように目を閉じた。





02 * サンダル

「借りるよ」
縁側に寝そべったままの日吉に声をかけると顔を上げることもなく、片手だけを上げて答えてくれた。
ゆっくりと上がった腕から、かかっていただけの浴衣がするりと滑り落ちた。
それが視界の隅に入って振り払うように庭へと視線を向ける。
上がり端に一段設けられた石段に置かれたサンダルに足を入れる。
ああ、やっぱり俺にはちょっとちっちゃいかな。
そんな事言いでもしたら何言われるかわかんないから黙っとくけど。
石段に爪先を打ち付けるとコツコツと乾いた音。
「よっ」と一声かけて庭先へと下りた。
ちっちゃいけれど、きちんと手入れされた日吉の部屋専用の庭を横切る。
木戸口に手をかけたところで日吉が身体を起こす気配。
「アイス買ってくる」
さっきの日吉と同じように振り向きもせず、手だけを振って答える。
だって、これ以上見てれば、きっと。
おまえを壊しちゃうかも知れないから。





03 * 免疫

俺が初めての相手だと思ったんだけどな。
幼い頃からのつきあいで、そんな相手なんていなかったと思ってたのに。
確信してたはずのその思いはあっさりと砕かれた。
ドキドキする心臓を持て余しながら、それでも幸せを噛み締めた初めての行為。
けれどアイツは。
所謂『バージン』じゃなかった。
「・・・・・・鳳?」
動きが止まった俺をアイツが薄く目を開けて見詰めてた。
潤んだ瞳に訳のわからない、いろんな熱いモノが身体の中を駆け巡る。
燻り続けるであろう小さな焔。
甘く切ない、けれど・・・破壊し尽くす如き獰猛で凶暴なモノ。
「好きだよ」
それを誤魔化すようにして口に出した言葉に日吉がちいさく微笑んだ。
無意識だろう、その微笑みに掴んでいた腰を引き寄せた。
途端に日吉の口から途切れなくこぼれる掠れた、甘い甘い喘ぎ声。
ああ、この熱に慣れて来ることがあるんだろうか。





04 * 未成年

薄汚れた防波堤の上をぶらぶらと歩いていたら、後ろから付いてきてたはずの鳳にいきなり腕を掴まれた。
バランスを崩した俺たちはふらふら揺れてコンクリートの上にへたり込んだ。
海に落ちなくて良かった、なんて思ってたら鳳に抱き締められて。
後ろからぎゅうっと回された腕のおかげで冷たい海風が顔だけに吹きつけてくる。
背中に感じる温かさに目を閉じた。
「・・・・・・早く、大人になりたいよ」
背後から聞こえた言葉に、寒さだけじゃなく震える鳳の大きな手に自分の手を重ねた。
独り言のようなその言葉は今の俺たちにはどうしようもないモノだけど。
だからこそ、やるせなさが余計に込み上げるんだろうか。
「・・・・・・どこか遠くへ行くか」
預けた背中から伝わる戸惑いに声もなく笑った。
「冗談だ」そう言おうとして振りかえった俺の顎を捉えた鳳と目があって。
そして。
2人して意味もなく笑った。
涙が零れたのは互いに見ない振りをして。





05 * 夜逃げ

「このまま、どこか行こうか」
息抜きに出かけたコンビニからの帰り道。
歩くたびに、がざりがさりと耳障りな音が俺と日吉の間で響く。
ふとついて出た俺の言葉に日吉が横目で見上げてくる。
言外に「何言ってるんだ」と言ってるのがわかって苦笑を返した。
「・・・・・・夜逃げ、か?」
「違うよ、日吉」
「?」
「俺たちのは逃避行。夜逃げじゃ色っぽくないじゃん」
「・・・・・・おまえ、馬鹿だろう」
テスト前日、真夜中の散歩。