ユニフォーム


ばっしゃーん。
真夏到来もすぐという、ある日。
高らかに響き渡ったそのマヌケな音と共に、氷帝学園中等部のテニスコートへと続く並木道でそれはおきた。
「「うわっ!」」
お互いにそう言うしか出来なくて、きまずい沈黙が流れた。
「――あの、大丈夫・・・じゃあないですよね?」

「うわ。また派手にやっちゃったな」
正レギュラー更衣室で岳人が笑いながら、ぶすくれた宍戸の顔を覗きこんだ。
半ば自棄を起こしたような手付きでゴシゴシわしわし、とぞっぷり濡れた髪を借りたタオルでふきつつ宍戸が自分の姿を改めて見る。
全身濡れねずみ。
先生につかまり時間に遅れそうになった宍戸はテニスコートへと急いでいた。
いつもはしない近道をして並木道へと続く茂みをかき分けたところで、先程の『ばっしゃーん』に出会ってしまった。
その音の正体はテニス部に伝わる夏の伝統行事。
並木道の水撒き。
「ホントすいません!まさか、あんなとこから人が出てくるなんて思わなかったんで――」
そして本日のその当番が鳳だった。
その鳳が冷や汗を流しつつ、顔の前でパシンと手を合わせて平身低頭の態で宍戸に謝り倒す。
それを見やって宍戸は苦笑する。
「いやこっちこそワリぃ。水撒きのことなんてすっかり忘れてたし」
突然、道ではないところから確認もせずに出て行った自分が悪いので鳳を怒れない。
怒れないのだが。
「でも、どないすんねん。着てる制服もびしょ濡れなら着替えも全滅やろ?」
「そうなんだよなー・・・」
忍足にそう聞かれ、足元に置いてあるバッグをひっくり返してみる。
たっぷり水気を含んだシャツだの短パンだのが落ちてきて、びしゃりと音を立てた。
「無理だろーなー、これ」
ははは、と乾いた笑いをたて宍戸がため息をつく。
「余分に着替え持ってきてんのやったら貸してやれたんやけどなぁ」
「・・・すいません、俺もちょっと」
こんな日に限って誰にも余裕がなかったらしく、深々と頭を下げられる。
「俺のTシャツならあるけど」
ムリだよな? 
改めて聞かれるまでもなく岳人のシャツではまず入らない。
それでも丁寧に断って、ぴたりと素肌にはりつくシャツを引っ張りつつ、どうしたもんかと宍戸は考え込む。
今の時期の日差しならわりと短時間で乾くだろうけどそれまでをどうするか。
さすがに肩を冷やしそうで。
びしょ濡れの制服のままでいるのは、ちょっと遠慮したい。
と、その時。
カチャリと音がして更衣室のドアが開き、すでに着替えていた跡部と樺地が顔を見せた。
「準備できてるヤツはさっさと出――」
更衣室のいちばん奥。
ベンチに座っていた宍戸と目があった瞬間。
それだけで事情と状況を察したらしい跡部がふん、と鼻先で笑ったのがわかり宍戸はおもむろに立ち上がった。
一歩一歩跡部に近づいていく宍戸を見やって、気づいた岳人があーあとため息を吐いた。
つきあいの長い宍戸の行動に思い当たったからなのだが、その後の騒動にまで思い当たった岳人はもう一度「あーあ」と呟いた。
「・・・跡部?」
「なんだ、その様は――」
ばーか。
そう、こきおろそうとした跡部に宍戸が小首を傾げて呼びかけた、次の瞬間。
びちゃり!
「!」
派手な音とともにこれでもかというくらいの勢いで宍戸が跡部に抱きついた。
一瞬でしぃんと静まり返った正レギュラー更衣室。
ふるふると怒りに震える跡部に抱きついたまま、しれっと宍戸がのたまう。
「なー俺、濡れちゃってるんだけど着替え持ってねぇ?」
ん?と促すと。
暫しの間、珍しくも唖然としていた跡部だったが立ち直るといつものように口の端だけでにやりと笑い、樺地を首だけで振り返った。
間を持たせず樺地は「ウス」と普段どおり一言頷くと一番端にあるロッカーを開け、一枚のシャツを取り出し宍戸へと差し出した。
跡部の冷たい笑みの意味がわからずも思わず受け取った宍戸は、自分と同じようにぐっしょりと濡れた跡部から体を離すと受け取ったシャツを広げてみる。
氷帝学園中等部・男子テニス部正レギュラーユニフォーム。
「お。サンキューこれで助かっ――」
あぜんと跡部を振り返った宍戸が見たものは。
「俺は制服に着替えるが、今おまえが着れそうなのはその樺地のシャツだけだ」
但し、下はないがな。おまえの身長なら下なしでも見えることはないだろ? 
そう何でもないように言い放つ跡部が先程とは段違いに冷えまくった笑みを浮かべた姿で。
「せいぜいサービスして貰おうか?」
怒りのオーラを隠そうとしない跡部に色んな意味で笑うしかない宍戸だった。