怪 我


ある日の放課後。
スクールへと向かう観月たち補強組がテニスコート脇の校門を目指している時だった。
「あれ。赤澤部長ってモテるんですね」
やっぱりなーといった声を上げると裕太が立ち止まった。
木更津と柳沢が裕太を振りかえる。
「ああー裕太は知らなかった?」
「あんなのでも結構モテるだーね」
道路に面した一番端のテニスコート。そこに赤澤がいた。金網越しにブレザーの制服を着た女の子たちが何人か見える。
「あんなのって――」
散々な言い方をする先輩方を見て裕太が苦笑する。
兄の同級生である、あの青学の面々を見慣れている自分でも赤澤は彼らと遜色なく見えるのに。
この人たちはそう思わないのだろうか?
ふと先程から一言もしゃべらない観月を見やる。
自分たちもこれからスクールへ向かうとは言え、テニス部部長が遊んでいれば、この意外とおっかないマネージャーは容赦ないはずで。
案の定、目を細めてその光景を見ていた観月が無表情のまま、テニスコートへと歩き出した。
「ああ、悪いですけど先に行ってて貰えますか?」
振りかえった観月の薄く笑った顔に背筋が凍るような気がしたのは裕太の気のせいか。
「触らぬ神に崇りなし、だよ。裕太」
自分たちには関係なし!とばかりに言い放つ木更津の言葉に、気のせいではなかったのかと裕太も振り返らず校門へと向かった。

観月がテニスコートへと入ると女の子達のきゃわきゃわ騒ぐ声が聞こえてくる。
「あー悪ぃんだけど、俺甘いものって苦手なんだよ」
どうやら差し入れを断るのに四苦八苦しているらしい赤澤の声に、観月はしれっと赤澤の背後に回る。
「だから、それは受け取れな――」
「受け取れません」
「うわっ!」
身長差のある赤澤の横からひょこっと観月が顔を出すと、金網越しの女の子たち以上に赤澤が驚いて観月を見下ろす。
腰が引けてるところを見ると余程、驚いたらしい。
いささか面白くない観月は滅多に見せない笑顔で女の子たちへにっこりと笑いかけた。
「部長へのお心遣いは大変有り難いのですが、赤澤は現在運動できませんのでご遠慮願えますか?」
太るのは簡単ですし、まぁそんな事、僕には関係ありませんが? ただ、そうなるとテニスに差しつかえますので。
慇懃無礼に息つく間もなく、そう言い放つと赤澤を「ね、部長?」と悪魔の笑みで見上げてくる。
これでは俺が悪者じゃねーか。そうは思ってもにこりと笑う観月の目が全く笑ってないのを見て取ると赤澤は小さくため息をついた。
「ではお引取り願えますか?」
改めてにこりと笑い、観月がそう問いかけると女の子たちは只事ではない何かを感じたのか、そそくさとテニスコートを離れていった。
「おまえね、ああいう態度はないだろーが」
小走りで去っていく女の子たちを見送った赤澤が観月を見下ろす。
やや呆れたような赤澤のその態度に観月も負けじと見上げる。
「アナタこそ何なんですか」
言う時は言わなくてもいい事まで言うくせに女の子にはやっぱりアマイ。面白くないこと、この上ない。
「部長がそういう態度では他の部員に示しがつかないと何度も言ってるはずですが」
「あのな――」
「それに。いくら金田君の彼女の知人だからと言っても、示しがつかないのには変わりないでしょう?この事を知ったら金田君だって気に揉むはずです」
一息にそう言うと赤澤がかすかに目を見張る。
「なんだ、知ってたのか?」
「当たり前です。記憶力いいのアナタも知っているでしょう?」
一度紹介された人間を覚えていることは当たり前。制服を見れば同じ学校だと言うのは簡単にわかることで。
「――って、それより!」
あ、と思い出して観月は赤澤の腕をつかむ。
「捻挫してるんじゃないですか?」
「え?」
「左足首。捻挫してるんじゃないですか?」
綺麗な形の眉をひそめ、観月が赤澤に詰め寄った。
「あー・・・」
赤澤の視線が泳ぐ。
「なんで言わないんですか!酷くなってからじゃ遅いのアナタもわかってるでしょう?」
「――なんで気づいたんだ?」
「――・・・・・・見れば、わかります」
「動いてもいないのに?」
金田でも気づかなかったのに、そりゃすごいな。感心したように赤澤が言うと観月は悔しそうに眉を寄せる。
「観月?」
「ずっと見てるんです、見れば違うことくらいわかります」
金田君と一緒にしないでくれますか。
むくれて言うと赤澤が嬉しそうに笑う。
「うん。観月のそういうトコ好きだわ」
「!」
その言葉に観月は真っ赤になる。
「何なんですか、それは!大体、そういうトコって何です」
「あー? だから、そういうトコ」
観月の癖のある髪をくしゃりと掻き回して踵を返す。
「サンキュ」
赤澤が肩越しに笑う。
その笑顔に思わず見惚れてしまった観月が赤澤が逃げたことに気づいたのはテニスコートから出て行ってしまった後で。

「赤澤、待ちなさい!」
それが赤澤の「手」だとわかってても、追いかけたのは言うまでもない。