V . D 狂 想 曲 * 山吹編


「南はさー、あっくんにチョコあげたの?」
中高一貫の山吹ではとうに引退したハズの三年生も今日も今日とて当然のようにテニスコートに顔を出していた。
転がったボールを集めていた南はこめかみをひくつかせて振り返った。
「・・・・・・おまえ。手伝おうとかそう言うのないのか」
「え。だから南の後ついて歩いてるじゃん」
頭の後ろで手を組んでいる千石がそう言うと南は深くため息をついた。
「・・・・・・いや、それ手伝いじゃねーから」
はぁーっともう一度でっかいため息をつくと、千石を後ろにくっつけたまま南はボールを拾い続ける。
しゃがまず腰を折って手を伸ばす南の背中をじっと見詰めていた千石があたりを見回した後、足音を忍ばせて(その必要性はあまり感じられないのだが)そろりと歩み寄った。
「・・・・・・あげたね?」
「・・・・・・っ」
ぽそりと耳元で囁くと面白いくらいビクッと南の肩が跳ねた。ふふぅんと鼻で笑うと千石は南の肩へと腕を回す。
かぁっと赤くなった南がギロリと千石を睨むがとうの千石はニコニコしたままだ。
「そ、そういう千石だってあげたんだろーがっ!」
「東方は甘いモノは食べません。だからチョコはあげてないよ・・・って、あぁ南はあげたんだ?」
「・・・・・・あ」
にこりと爽やかに微笑まれて南は、はっと口を覆う。
自分の失言に泣きたくなったが後の祭り。
笑顔の爽やかさが幾分か増した千石が「うふふ」と気色悪い笑い声を上げた。
「あっくんはチョコ喜んでくれたっしょ?」
ああ見えて甘いモノ大好きだもんねぇ。
千石はこの場にいない友人(あくまでも千石による一方的な見解)の隠してはいるがそこはかとなくにやけた顔を思い出して、南のほっぺたを指でつついた。
こちらも先程とは段違いに真っ赤っかになった南が咽喉の奥で唸った。
「・・・で、チョコと一緒に南も美味しくいただかれちゃったんだ?」
「!」
ぎょっとなった南は口をパクパクとさせたがどうにか息を吐き出すことだけに押し止めることが出来た。
思い出したくもないバレンタインの出来事を言い当てられた南はこれ以上揶揄われるネタを提供してはならない!という信念にも似た気持ちだった。
ぷいと横を見た南に千石が苦笑する。
「だから言ったじゃない。チョコあげたほうが喜ぶだろう『けど』って」
「・・・・・・・・・・・・」
初めてのバレンタインで舞い上がってたんだ、とは絶対に言いたくない南だった。