COOL SUMMER

喧嘩をした。
言い争いの始まりは些細なことだったと思う。
2日経ってしまった今では、それが何だったのかさえ覚えていないくらいの。
でも、何故か。
互いに売り言葉に買い言葉でエスカレートしてしまって。
「そんなに話が分からないヤツだとは思わなかった!」
そう言い捨てて、持ち込んでいた荷物を手当たり次第バッグに詰め込むと、バタンと大きな音をさせてドアを閉め、ジャッカルの家を飛び出した。
その時は頭に血が上ってて気付かなかったけれど、よくよく考えるとアレって「実家に帰らせてもらいます!」ていう状態じゃなかっただろうか?
自分の家に戻る気になれなくて、いちばん遠かった(近い所は赤也んトコだったけど浮かれてるアイツの顔を見るのは癪に障ったからだ)柳宅に転がり込んだ俺に立海『参謀』の異名を取るその人にふと思いついたようにそう言われ、ぐっと詰まってしまった。
「・・・あーあ」
何度目かは分からない溜め息を吐く。
こういう時に限って1年に1度あるコート整備のために部活は休み。
教室もアイツのは帰国子女クラスだから校舎自体が違うので廊下でばったりなんて顔を合わせることもなく。
あれから1度も鳴らない携帯はバッグのポケットに突っ込まれたまま。
どちらかが歩み寄らなければ、このままだろうというのは分かる。
けれど2日経った今。その喧嘩した原因自体が分からない有様では何と言って謝ればいいのか・・・謝らなきゃいけないような事だっただろうか?
状況を打破したい、それは本当だけれど自分だけが折れるというのは何か釈然としない。こんな時にまで変な、負けず嫌いというか根性の悪さが出てしまって情けない。
そんなこんなでもう一度、溜め息。
「・・・あー・・・っ!」
息を吐き出すついでに何気なく彷徨わせた視線。
そこに居る筈のないアイツを見つけて、思わず息が止まる。
だってココはスーパーの中。ついいつもの癖でバッグを背に左手には買い物カゴを提げて、気付いたら冷蔵庫の中身を思い出しつつ今夜のメニューを決めたりして。仲直りをしてもいないのに必要があるのかどうか考える事もなく動いてしまった自分。
そんな自分も溜め息のひとつだったのに、そこにアイツが現れたから息どころか動きも止まってしまったのはしょうがない。
アイツは俺に気づくと無表情のまま、こっちに歩いてくる。
品揃えが豊富なスーパーは晩メシの買い物客のせいで大賑わい。その中で制服に大きなテニスバッグを背中に背負っていた俺でさえ目立つというのに、明らかに人種の違って見える褐色の肌に制服+テニスバッグ、人を探していますといった風情のアイツが目立たない訳がない。
歩くたびにぶつけそうになっていた買い物カゴ。それがいつの間にか人込みは左右に割れ、オバちゃん達の興味津々な好奇心丸出しの視線を浴びる羽目になっていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
目の前まで来たアイツは無言。
なので俺も無言で返す。というか正直、何と言っていいのか分からない。
内心で焦っているとアイツが1歩踏み出してきたから思わずビクリと肩が揺れた。伸ばされた手に目をぎゅっと瞑る。
「え」
殴られるのかと思った自分が憎い。そんな事アイツがする筈がないなんて百も承知してるのに、後ろためいせいで馬鹿な事をしでかした、そう思った。
ぽん、と乗せられた大きな手が2度3度とそれを繰り返す。
目を開けば、いつも見る、小さく苦笑を浮かべたジャッカルの顔。
「ゴメン」
持っていた買い物カゴにさりげなくアイツの手が伸びる。
奪い取られる瞬間、ぐいっと腕ごと引かれ互いの腕が触れ合うくらいアイツに近寄った。するりと耳に飛び込んだ小さなアイツの声。
思わず顔を上げると視線を逸らされた。
けれど間近で見る、うっすらと赤くなった耳にドキリとして俺も俯いてしまった。
一体何処のバカップルか。
「今日の晩メシ、何?」
「・・・肉じゃが」
視線を合わせないまま交わした会話ももう日常のもの。
惚れ直した、と今夜アイツに言ったらどんな顔をするだろうか。