幸福空間

騒がしいヤツだと思われることが多いブン太だけれど、俺の前では必ずしもそうだとは限らない。
確かに煩くて適わない時もあるにはある。
でも俺に見せてくれるブン太の表情はイロイロで、いつの間にか頬が緩んでいることが多いような気がするのだ。
そして。
それが現に、まさに今。
「・・・・・・・・・・・・」
俺の部屋は日本式で言うところの10畳はあるかというくらいの広さだ。
そんな広さはあるものの部屋の内容はいたって簡単で。
出入り口のドアがある壁にキングサイズのベッドがくっつけてあって、その面に直角になる右側壁一面はクローゼットの扉と作り付けの下から上までの棚になっていてAV機器や本類はそこに。
そして出入り口の壁とは反対側の壁には棚から続く机の高さの一枚板が長々と伸びている。いわゆる勉強机にしているわけでパソコンなんかもこの4メートルはあるかという長机にのっかている。
そしてそこには、ほとんど一緒に暮らしている状態のブン太のためにも椅子が2つ。
(たとえテニスで全国に名を轟かそうと立海では学業とは全く関係ないので頑張らねばあっという間に放り出されるのだ。
スポーツにしろ勉強にしろ実力主義なんだろうなぁ?)
本棚側が俺でPC側がブン太。
俺はノートを広げ、課題の真っ最中だったりする。そんな俺の横に座ったブン太は何をするでもなく椅子に腰掛けているだけの格好。
「・・・・・・・・・・・・」
ちらりとノートからブン太に視線を移す。
俺の身長に合わせ、高めに調整してある机のおかげでブン太の座る椅子も座面が高めで、普通に座るとブン太の足は微妙に床から離れてしまう。
太腿の下に手を隠した格好で足をぶらぶらさせながら、ぼんやりと俺を見ていたブン太と目が合った。
「何?」
「・・・いや、ぼんやりしてるから」
「うん?」
「暇なんじゃないのかと思って」
同じ格好のままで「ああ」と呟いたブン太がにっこりと微笑む。
悪戯を見つかった幼い子供のようなその笑顔は無邪気そのもので滅多に人には見せない表情のひとつだ。
「うーん、時間はあるけど『暇』じゃないんだよ」
わかる?と言うともう一度同じ顔でブン太が笑う。
首を傾げた俺にくすくす笑うとブン太はまた足をぶらぶらさせ出した。
「今の俺はねー『ジャッカルを見詰めてる』時間なの」
「あぁ?」
「だから。ただジャッカルを見てるだけでイイんだよ、俺は。気にせずに課題進めれば?」
「・・・・・・見られてたら気になるだろーが」
シャーペンを持ち直しつつ、またノートへと視線を移した俺の横顔にはブン太からの視線。
チクチク、じゃない。
ぴこんぴこん、とブン太から投げられた気持ちが頬に当たって落ちていくようなそんな感じ。
しばらく我慢していた俺だったけれど1分もしないうちに手にしていたシャーペンを机に放り出すことになった。
「あれ、もう終わり?」
身体ごとブン太のほうへと向けた俺に驚いたような顔で訊いてくる。
苦笑した俺にきょとんとした表情が向けられた。
「ある意味、強制終了だな」
「?」
ぼそりと呟いた俺は組んでいた足先をブン太のものへとわざとぶつけてみせた。
くすぐったがり屋のブン太は堪えられないみたいでぶらぶらさせていた足先が俺のものから逃げていく。
けれど椅子に座っていれば自ずとその範囲は限られてしまうから、コンパスの長さが勝っている俺の足からは逃げ切れない。
「ジャッカル!」
いくらか顔を赤くさせたブン太が睨むように俺を見上げてきた。
普段の小生意気な態度からは見られないような、むくれた子供みたいな表情。くくっと笑う俺に益々その頬が膨らんでいく。
爪先を利用して自分の椅子をブン太に近づけるとじろりと睨まれた。
「俺も予定変更」
「あ?」
「課題は後回し。俺もブン太を見る時間にする」
そう言うとブン太のふくれていた表情がパァァッと明るくなった。
にっこりと笑うと俺の手を取って、先程まで見事なほど膨らんでいた自分の頬に持っていく。
掌にあたった、ふにふにとした感触に思わず頬が緩んだ。
「それじゃあさ、も少し楽しいことしようよ?」
「楽しいこと?」
「そ」
言うが早いか、重ねられた手をそのままに引っ張られて。
倒れ込んだ先はブン太の腕の中。
ほのかに伝わってくる体温にほっとする。
と、胸元から漂う甘い匂いに食指が動く。成る程、と倒れ込んだ状態のまま頬をすり寄せるとブン太の声を殺した笑う振動が伝わってきた。
「楽しいこと、しよ?」
「そだな」
ブン太の腕の中に抱き込まれた格好で頷くときゅうっと頭を抱き絞められた。
今度は額の先にあのふにふにとした感触。
くくっと笑いがこぼれるとぎゅうっと抱き込まれて、少しだけ焦った。
見た目に反してボレーを得意とするブン太の腕力は結構凄かったりするのだ。
「ギブギブ」と許しを請って緩めてもらうと腕を回してブン太を同じように抱き締めた。
言葉じゃないと伝わらないこともあると思う。
でも。言葉を交わさなくても伝わる、伝えられることもあるんだと思う。
一緒にいれさえすれば頬が緩むんだから。
がらんと空間だけは広い部屋にアッタカイモノがぎゅうっと詰め込まれてるのは気のせいじゃない。
「大好きだ」
どちらのものとは知れない呟きがその空間に紛れて、密やかな振動が取って代わった。