正しい『食』生活のススメ

ジャッカルは朝に弱い。
低血圧というのじゃないらしいが、起きてから次の行動を起こすまでの時間が異様にかかる。
確かに昼寝した後だとかは普通だから「朝」だけが駄目なのだという。
そんな訳でジャッカルの家に泊まった翌日は起こしもしないでベッドを抜け出すのが当たり前になっていた。
フライパンの火を止めた頃、トントントンと階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
とは言え、どうにも危なっかしい感じで。
あっちにふらり、こっちにふらりとしているような途切れがちな足音。
ジャッカルの家はマンションだけれどメゾネット型で台所から食堂、居間を通して階段が見える造りになっている。
皿に適当に盛り付けして振り返るとジャッカルはぼんやりとした表情で居間の落ち着いた薄いクリーム色の平べったいソファに座っていた。
冬でも上を着ずに寝るジャッカルは上半身裸のままで下にゆったりめのスウェットを履いた恰好で胡座をかいている。
その上に左手で頬杖をついて、視線はTVに。
そんな様子を横目に、洗い物を済ませ簡単に流しを片付けるとカウンターから見を乗り出した。
「ジャッカル、朝ご飯できてるけど喰う?」
声をかけたが返事はない。
俺の位置からは横顔が見える。視線をTVに向けまま微動だにしない。
目は開いてるから寝てるわけじゃなさそうだが、これまでを知ってる俺にしてみれば起きてると言えた状態じゃないのも確かで。
乗り出していたカウンターから引っ込むと台所を抜け、居間へと向かう。
そばまで来てもジャッカルの反応はなくて見てるのか見てないのか良くわからない視線がTVに向いてるだけだ。
極端に音が小さいのを確かめる。見てないのは確実だった。
「なぁ朝ご飯作ったんだって。喰わねーの?」
本日のメニューは野菜たっぷりのコンソメスープにカリカリに焼いたベーコン、それにチーズとトマトの入ったスクランブルエッグ。
ジュースだってわざわざオレンジを一から絞った。パンだけはジャッカルのお袋さんが用意してくれていた焼き立てのモノ。
仕事で忙しく帰って来れない事もままにあるキャリアウーマンのお袋さんと病弱なくせにふらりと放浪する癖を持つ親父さんが両親だというジャッカルの家は親子三人が揃うことは稀だ。
おかげで俺も入り浸ることが出来る訳だったりする。
そうなると掃除洗濯はマメにできるが料理だけは駄目なジャッカルの食生活の面倒は俺がみることになって。
勝手知ったる何とやらで台所は俺の城になっていた。
コーヒー豆もジャッカルが好きなものだけを取り揃えてみたり、好き嫌いがほとんどないおかげでメニューにも困らないから常備してるものから変わった食材各種取り揃えてみたり。
今日もジャッカルが一番好んで飲むコーヒー豆をセットしておいた。
徐々に部屋中に香ばしい香りが漂い始める。
匂いがするとジャッカルと一緒にいるような感じになるから、コーヒーが飲めない俺もその香りだけは好きだ。
ふわりと漂ってきた香りにジャッカルの視線が少しだけ動いた。
コーヒーの匂いで頭が動き出したらしい。
ソファの後ろに回るとジャッカルの首に腕を絡めた。
「ご飯できてんだってば。冷めちゃうから早く喰おう?」
「・・・・・・・・・・・・ん」
頬っぺたにちゅっとキスすると緩慢な動作でジャッカルの目が俺に向く。
もう起き抜けといえる時間は過ぎてるというのに相変わらず覇気がないと言うのか生気がないというのか、そんな感じで。
赤也や仁王なんかに掴まったらイイ玩具にされそうなこと請け合いな状態。
わかってても思わず苦笑した俺にジャッカルが少し首を傾げた。
「おまえだって腹減ってんだろ?コーヒーだってちゃんと、おまえの好きな豆なんだぞ?」
「・・・・・・ああ、確かに」
「な、だろ?じゃあとっととあっち行って喰おうぜ。昨夜がっつくから俺も腹ぺこぺこだっつーの」
何度懇願しても離して貰えなかったおかげで意識を失ったみたいに眠りについた俺の腹はさっきから限界を訴えている。そ
れでも先に喰っちまおうとか思わない俺って『デキた妻』みたいじゃね?
首に絡めた腕に力を入れると「なぁ?」と催促。
そんな俺に態度にジャッカルもようやく目が覚めたみたいで、欠伸をひとつ噛み殺すと下ろしていた腰を動かした。
「よっしゃ!朝飯!」とか思った俺は思いっきり気が食卓に並べておいた朝食に向いていた。
なのでジャッカルに腕を掴まれ、引っ張られた時。
何が起こったのかまるでわからなかった。
ぐるんと回って、天井の見える位置が微妙にずれたことに気づいた時にはソファに押し倒された状態で。
上から覗き込むジャッカルと目があった。
おそらくポカンとした顔をしてたんだろう。
俺の顔をみたジャッカルのククッと笑う、イヤな癖が出たなーと全く追いついてない頭でぼんやり思ったのが最後。
噛み付かれるみたいに首筋へと口付けられて。
声を出す間もなく小さな痛みがして、痕をつけられたんだとわかった。
「え、ちょっと、ジャッカル!?」
「喰うんだろ?」
「何ベタなこと言って――俺が言ってんのは朝ご飯だっつのっ!」
「朝メシも喰うけど」
「けど?」
「おまえも喰いたい気分」
フッと鼻から抜けるように笑われて、ぐっと詰まる。
腹がすいてるのも確かだけど。
朝起きてまだ間もないのも確か。元気で健康的で、即物的なお年頃の青少年としては食欲と同じくらい性欲もある訳で。
感じた飢えが摩り替わるのだって問題じゃなくなってる毎日だから。
夜を共にした好きな相手が目の前にいて、自分を喰おうと押し倒されてる状況で正面切ってそう言われてしまったら、水面下で漂っていた違う食欲が騒ぎ出すのも無理はなくて。
「早く喰わせろ」と言ってるみたいに褐色の肌に映える赤い舌が口唇をちろりと舐めたのを見たら、もう駄目だった。
「満足させてくれるんだろーなぁ?」
「もう喰いたくねーって言うくらいわな」
「・・・・・・オッケー」
頷くとジャッカルの薄く笑った口唇が降りてきた。
誘うように目を閉じると、部屋に漂っていた朝ご飯のイイ匂いが鼻をくすぐった。
2人なら冷たくなった『朝食』を食べるのもいいかもしんない。
そう思って、絡めていた腕に力を込めるとジャッカルを引き寄せた。