スキとキライ

「よくそんな苦いの飲めるよなー」
「俺には甘いモンばっか喰ってるおまえのが信じられないけどな」
互いを見て肩を竦めた。
ジャッカルの手には無糖の缶コーヒー。
ブン太の両手には実習の残りのマドレーヌ。
「口ん中イガイガしねーの?」
「おまえのほうこそ、甘ったるそーだぞ」
互いの苦手なものを口にする相手に辟易した表情で見やる。
本当なら見るのも嫌で。それなら離れて座れば良さそうなものだが何となく、いつもの調子で隣に座ってしまって。
甘ったるい菓子の匂いと香ばしいコーヒーの匂い。
好きなものと嫌いな物に囲まれた2人の表情は決して明るくはない。
けれど、それを理由に離れるのももうすぐ完食というところまで来てるとなると今更な感じで。
「食べる?」
「・・・・・・飲むかよ?」
黙り込むのも変な感じで思っていない事を口にした。もちろん返ってきた答えは互いの嫌そうな顔。
それを「だろうな」と確認して鼻で笑うと、最後の1個のかけらを飲み込んだブン太がよっとベンチから立ち上がった。
つられるように、飲み終わっていたジャッカルも空き缶を片手で玩びつつ立ち上がる。
「・・・・・・おい」
口の横、ついてるぞ。ったくガキじゃねーんだから。
そう言ったジャッカルの顔がブン太に近づいた。
「え。どこ?」と返そうとしたブン太はぺろりと舐められて硬直する。
ちょっと・・・今、どこ舐めた!?
何が起こったのかと信じられない気持ちで、ぎくしゃくとした視線を向けると何でもなさそうに身体を起こしたジャッカルが心底不味そうに顔を顰めていて。
「やっぱ、クソ甘ぇ」
吐き出すように言われて、はっと我に返った。
頬が赤くなるのも他人事みたいで、自身の口唇を舐めるジャッカルの動きをぼうっと見詰めることしか出来なかった。
ちらりと見えた褐色の肌を滑る赤い舌先に視線が釘付けにされる。
あれが自分に触れたんだとか、そういう事を思わないわけではなかったけれど。
他意なんてなく、ただ美味そうだと思ったのだ。
褐色の肌に映える鮮やかな赤。
人の舌なんて注意して見たことなんてなかった。ただもう美味そうだと自分で味わってみたくなったのだ。
色欲というよりも食欲。無意識の行動でジャッカルの制服の袖口を掴むとくいっと引っ張った。
「何・・・!」
引っ張られた反動で近づいたブン太に問いただそうとしたジャッカルだったが口唇に感じた温かさに思わず動きを止めた。
間近で見える赤い髪がブン太のものだと認識して少なからず慌てたが後の祭り。
訳がわからずも目の前で揺れる鮮やかな赤い髪とそれに隠れるようにして見えた、閉じられたせいで頬に影をつくった茶色がかった睫毛にしばらく見惚れていた。
その隙に引っ張られた片腕はもちろん、いつの間にか首の後ろに回された腕で上半身を起こすのは困難な状態になっていて。
それでも「ちょっと待て」と叫びそうになったジャッカル。口を開いた瞬間入り込んだブン太の舌がジャッカルのものを絡めとった。
ぬるりとした感触と変に温かく、追いかけてくるような動きにぎょっとしたのも束の間。
すっと開いたブン太の瞳と目があって。
濡れたようなその瞳に薄暗いちろちろとした炎を見た気がした。
吸い込まれそうになって口唇を合わせたまま見詰めていると、ふっと笑ったみたいに誘っているかのようにまた伏せられる。
閉じられた目蓋の下、長めの睫毛がまた影をつくるのを見て。
気づいたら自分自身もブン太の腰に腕を回していた。
絡めた舌が熱い。
追いかけては逃げられ、逃げれば追いかけられる。
思う存分、互いの口腔を蹂躙して離れた時には2人して息が上がっていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
濡れた口唇をブン太が手の甲で拭う。
バツが悪くて互いに目を合わせられない。けれど、このまま離れるのも勿体無い感じがして。
ブン太はジャッカルの袖口を離せない。ジャッカルの腕もブン太の腰に回されたまま。
口元を手で覆うジャッカルに視線を向けると同じように困った顔。
なんで、とか。
どうして、とか。
色々訊きたい事はあるけれど、それは相手も同じだろうから。
答えられない事を訊かれては困るから自分からも訊けない。
それに訊こうと思ったところで「なんで」「どうして」の後が全く考えられないのだから、どうしようもない。
ゆっくりと降り積もるような沈黙が流れて、ちょっとだけ時間も進む。
「・・・・・・やっぱり」
「あ?」
「やっぱコーヒー飲むと口ん中まで苦い」
どうにもこうにも沈黙に耐え切れなくなったのはブン太。
ふと思い出した感覚に口を開いた。
言われたジャッカルはしばらくの間ポカンとしていたが、ブフッと吹きだすとくつくつと咽喉の奥で笑い始めた。
「お互い様だ。こっちは口ん中、甘くてしょーがねぇ」
目が合って、ブン太も笑い出した。
答えも出すのも貰うのも、もう少し先でいいかなと頷き合って。