冷たい背中

「なーどこ行く気だよ?」
何度言ったかわからない台詞。
けれど数歩前を歩くアイツは一度として答えてはくれないし、ちらりとも見向きもしない。
まぁ誘われてもいなけりゃ、ついて来いとも言われてないし。
完璧に俺の勝手で後をついて行ってるだけで。
「どこに行くのかくらい教えてくれてもイイっしょー?」
わざとおどけて言ってみたものの。
頑として振り返らないアイツの背中にちいさく溜め息をついた。
いつもそうだ。
こっちが振り回してるつもりでも、全くそんな事はない。
よくよく考えてみればアイツは小川を流れる葉っぱと一緒で流れに逆らわないだけで。緩やかな浅瀬でも激しく渦を巻く深みでもそれは変わらない。
あちらこちらと揺れ動きはするが、振り回されて困ってる訳じゃない。
ただその時の流れに乗っているだけで俺を見てる訳じゃないのだ。
だから、もし。
このまま俺が後をついて行かなくてもアイツは驚かないし、まして困ることもないんだろう。
それどころか俺の姿が消えても気づく事さえないかもしれない。
俺がコイツを振り回してる事実は一ミリもない。
ただ振り回すつもりで動いて、結局振り回されてるのは俺自身。
歩幅が違うせいか、早足でついて行かないと徐々に差は広がって。
それが俺とアイツとの心の距離だと言われているみたいで馬鹿みたいに可笑しくなった。
「好き」と言えば「あぁ」と返してはくれるけれど。
「好き」という言葉の意味は伝わってんの?それ以上におまえが返してくれる「あぁ」っていう言葉には何か意味があるの?
なぁおまえの目に俺は『俺』として映ってんのかな?
それともただのチームメイト?
「・・・・・・・・・・・・」
心の中で問いかけたってアイツには伝わらない。
俺が足を止めれば、どんどんその背中は遠ざかって行くだけで。
切なくて泣きたくなるって言うのはこういう事なのかな、なんて考えたりした。そうじゃないと本当に泣きそうだったから。
最後に一目だけ。
振り返らない背中に視線を向けた俺はそのまま固まった。
「・・・・・・なんで」
振り返らないアイツはその恰好そのままに。ポケットに突っ込んでいたはずの手をポケット脇でひらひらとさせていた。
おいで、とそう言われてる気がして慌ててアイツの傍まで走っていった。
自分でも馬鹿だよなと思わないでもなかった。
そんな事ありえないと否定しつつも、一ミリあるかないかわからない希望に胸躍らせて。
ドキドキしながら、そろりと手を出すと待ちくたびれたようにガッと掴まれた。
吃驚した俺は思わず掴まれた手を引っ込めそうになったが掴まれた腕は外れることなく。
ドキドキするたびに心臓が飛び出しそうでまともに見れやしない。
しなやかな動きを見せる大きな褐色の手に包まれた俺の手は、ぐいっと引っ張られて引きづられるように後を追う形になった。
「・・・・・・どこ行く気?つか、俺も行っていいワケ?」
「・・・・・・・・・・・・」
相変わらず答えはなかったけれど。
自分の火照る頬を持て余して、目の前に見える背中へと視線を向けた。
さっきまで冷たいと思ったアイツの背中が少しだけ溶けたような気がしてるのは俺の勘違いなのかな?
振り回されるのも結構いいかも、と思ったけど・・・絶対に言ってなんかやらない。
それはコイツだけには内緒の話。