俺の隣で笑っていて

テニスバッグを背負ったまま『銀華中学校』の正門に立った。
電車とバスを乗り継いでやってくる間中、心臓はバクバクしっぱなしで正門に辿りついた頃には妙なハイテンション状態だった。
くりかえす深呼吸も意味があるのかわからないくらい、まだバクバクが止まらない。
「えー・・・と、ココまで来たのはいいんだけど」
下校時間にぶち当たったらしく、わらわらと次から次へと出てくる銀華中の生徒さん方の興味津々な視線に晒されている真っ最中だったりする。
テニスコートのほうに行ったほうがいいかな?
来る途中で道すがら窺ってみたのだがテニスコートには人っ子ひとり見当たらなくて。
走りに行ってるとか、そういう雰囲気でもなかったから思わず正門のほうへと来たのだ。
今日もしかして部活休みとか言わないよね?
もしそうならば。来た時にはもう下校ラッシュに入っていたみたいだから既に帰ってしまっていたら会うことは叶わない。
ふとポケットに入れておいた携帯に指が触れた。
こんな事なら、携帯番号とか聞いておけばよかったなーと今更ながらに気づいて溜め息をついた。
「・・・でも、そんなナンパみたいな真似できねーし」
「ナンパしに来たのか?」
「!」
その声に反応して、ぐるんと首だけ振り返った。
突然の俺の行動に声の主は思わず一歩下がって、物凄く驚いた顔をしてた。
「福士くん!」
「切原だっけ?何、おまえナンパしに来たの?」
「え。いやいやいやいやー何の話っスか、それ」
「おまえの独り言だろーが」
呆れた顔をして俺を見た福士くんは、そんな表情にもかかわらず今日も美人さんだった。
独り言を聞かれたのは痛かったけど、そのおかげで話しかけて貰えたし!しかも名前!聞き慣れていたはずの苗字が物凄く新鮮に聞こえたりして。
バクバクしてた心臓がドッキドキし始めた。
いつの間にか掌に汗掻いてたりして、それを誤魔化すように握ったり開いたり。
「あ、ねぇ福士くん。今日テニス部って部活ないの?」
「うん。今日はテスト終わったばっかなんだ」
「テスト・・・ああ、中間っスか?」
こくんと頷いた福士くんは思わず『うっ』と唸ってしまうほど激カワイかった!(ん?どっかで聞いたような台詞だな)
よくよく見れば福士くんはバッグは背負ってるもののどうにもラケットが入ってる風でもなくて。
「テスト最終日も昼で終わってくれたらいいんだけどなー午後から授業聞いたって頭に入んねーっつの」
「立海は昼で終わりっスけどね」
「でもおまえらって試験、前期後期なんだろ?試験科目も半端じゃねーって聞いたぞ?」
「あーまぁ。だから昼で終わってくんなきゃやってらんないっっていうか」
立海はかなり自由な校風で選択科目もそれに倣ってかなりの数だったりする。
試験回数は少ないが小テストは多いし、いざ試験となれば範囲は広すぎて泣く暇もないくらいで。
特にテニスばかりしてる俺みたいなヤツには鬼門中の鬼門。
「・・・・・・って、じゃあおまえココで何してんの?」
「は?」
「いやだからさ。立海は普通に授業して普通に部活やってる頃じゃねーの?」
俺が銀華中にやってくるワケ。
ちらりともその理由が思い当たらないらしい福士くんの言葉に思わずがっかりする。
こないだの今日だから仕方ないんだけど、も少し気にかけてくれても良いんじゃないかなぁ?
苦笑を浮かべた俺を福士くんが顔を覗きこんで来た。
瞬きするとホント音がしそうなくらい間近で見詰められ言葉に詰まる。
いやいやいやいや福士くん、マジでヤバいよ。
しかもなんかイイ匂いするんだけど!
じーっと見つめられて、頭がくらくらしてきた。
何がヤバいのか自分でもわからないのにしきりと脳内では「ヤバいヤバい」と繰り返してて、一番ヤバそうなのは俺か!なんて、ひとりツッコミも自然にやれた。
無意識にごくりと生唾を飲み込んだ俺に福士くんはちょっと驚いた顔をして、その後にこっと笑った。
うわ。
「まぁたまにはサボるのもいいよな!おまえだって悩む事とかあるだろうし。立海の2年エースとか言われてプレッシャーもあるよなっ!」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「いやいや皆まで言うな!息抜きも必要な時もあるって!」
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
ぽかんとしてる俺を見やって、腕組みした福士くんはうんうんと頷いてたりするんだけど。
なんですか、これは。
何、俺がテニスすることに嫌気がさして立海から逃げてきたとか思われてる・・・のか?そうなのか?
福士くんの激可愛い笑顔に心奪われていたら話が思いっきり変な方向へと進んでた。
ていうか俺そんな事一言でも言ったっけ?
俺はただ福士くんに会いに来ただけなんだけど。
綺麗な外見に反して意外と頭悪い?(うーん成績に関しては俺も人様のこと偉そうには言えないけどさ)
「・・・・・・俺、福士くんに会いに、顔見に来たんだよ」
思わずぽつりと洩れた言葉に福士くんが目を瞠った。
ヤバ、と思った時には後の祭り。
恐る恐る視線を向けるとかぁっとうっすら頬を赤くした福士くんが目を伏せた。
えーっもしかしなくても脈ありとかいう話!?
派手にドキンと高鳴った胸を手で抑えつつ福士くんを窺った。
「ふ、福士くん・・・?」
「ば、バッカだなーおまえ。そんな恥ずかしい事言うなよ。相談くらい何時でものってやるぞ?」
「えぇ?」
立海のヤツらに言えない事だってあるよなーなんてわかった顔をしてる福士くんを呪いたくなった。
思わず声を震わせた俺は一体何だってーのっ!
鈍いよ、鈍すぎるよ福士くん!
・・・駄目だこの人。
「・・・・・・福士くんってさ、あんまり成績良くないでしょ」
がっくり来た俺は思わずその場にしゃがみ込んだ。
と、福士くんが俺のその台詞に足をドンと踏み鳴らした。
顔を上げると福士くんは「ふふん」とふんぞり返って、得意げな顔をして仁王立ちになっていた。
「馬鹿言うなよ。俺を誰だと思ってる」
「・・・・・・福士くん?」
「名前じゃねーよ馬鹿。銀華はメジャー校じゃねーけどな、俺はこれでもトップなんだぞ。ぺこぺこ敬いやがれ」
「・・・・・・トップ」
「そうトップ。学年首席様!」
「ええ〜〜っ!?」
はぁ!?何の冗談!
驚いた俺は大きな声で叫んでしまい、すぐさま福士くんのキツい視線に晒された。はっとして口を覆うともごもごと口の中で呟いた。
え。学年首席ってのは一番だっていう意味でしょ?
福士くん、学校で一番頭イイっていうわけ?
まじっスか!?
別に俺がうろたえる必要なんかないんだけど、頭の中身は自分と大して違わないんだろうと勝手に思ってたから結構な衝撃といえば衝撃だった。
だって俺の成績はいっつも真ん中より後ろのほう。
「・・・・・・美人なうえに頭もいいんだ」
「あ?」
「いやいやいやいや別に何でも」
「んだよ。可笑しなヤツだな、おまえ」
笑うと途端にほにゃっとなる福士くん。
クルクル変わる表情に目が奪われる。見てて飽きない。
しゃがみ込んだままだった俺に福士くんは手を伸ばしてくれた。
相変わらず細い手首で、掴まらなくたって良かったんだけど無意識に手が重なってた。細っこい感触と感じた体温にドキリとしたのは一瞬で、伝わってきた温かさになんだかほっとした。
立ち上がるんなら、と手を差し出してくれた福士くん。
何でもない事なんだけど、そういう些細な事が物凄く嬉しくて。やっぱり好きだなぁと思った。
「あ。ねぇ福士くん、今日でテスト終わりなんでしょ?」
「ああ」
「で、部活も今日はないんだよね?」
「ああ」
「んじゃ俺とこれから遊ぼうよ」
「ああ・・・って、ええ?」
「はい決まりー」
じゃ行こうか〜と立ち上がる時、握ったままだった福士くんの手を引っ張った。
ブツブツと何事か呟きながらも引っ張られた恰好で福士くんが俺の後をついてくる。
あーなんかいいかも。
振り返れば福士くんがいて。目が合うとじろりと睨まれた。
笑って返すと「しょうがないなー」という顔で苦笑されて。
送り出してくれた柳先輩と同じ笑い方なのに、全然違うその感じに頬が熱くなった。
やっぱり好きだと思ったのが無性に恥ずかしくなってしまった。
確かに好きだと思う気持ちはあるけれど、伝えるのにはまだまだ未熟なモノ。

ねぇ今「好きだ」と言葉にしたら、アナタはどんな顔をするだろう?
出会ったのは偶然で。
でも本気の恋だからアナタにも真剣に受け取って欲しい。
だから、今はまだ言えないんだ。
近い未来。必ずアナタに俺のこの気持ちを伝えるから。
それまで隣で笑っていて?

「ねぇ福士くん、携帯番号教えてよ」
とりあえず始めたばかりの恋だから、正攻法で進めよう。
気軽に頷いてくれた福士くんの笑った顔にキスしたいと言ったら殴られるかな?