あの角を曲がって、キミに、会いに行く

福士くんに偶然出会った、あの日から俺はぼけーっとすることが増えた。
・・・・・・らしい。
自分では気づかなかったんだけど、テニス部の無駄に個性豊かな先輩方が口を揃えて言うのを聞くと、じゃあそうなのかなと思うくらいで。
「ほら。また、ぼうっとしてるぞ」
かけられた声に顔を上げると涼しい顔をした柳先輩がいた。
「・・・・・・今、休憩中じゃないっスか」
だから、ぼうっとしてても別に構わないでしょ。頭からかけたタオルに隠れるようにして呟くと笑われた。
馬鹿にしてるような嫌な笑い方じゃなく、駄々っ子に向ける「しょうがないな」というような苦笑い。
タオルの影から覗き窺うと目があった。
「時間のことを言ってるんじゃない」
「はぁ・・・」
「何を悩んでるかは知らないが、考えるより動いたほうがおまえらしいと思うが?」
「・・・・・・悩む?」
「・・・・・・悩んでるんじゃないのか?」
首を傾げた俺に柳先輩は呆れたような顔をした。
拍子抜けというか。なんだそれは、というような顔をされて俺としては益々首を傾げるしかない。
「・・・・・・悩んでる、んですかね?」
「俺に聞かれても答えようがない」
「ですよね〜」
あははと笑うと見えてるのか見えてないのか、わからない柳先輩がじっと俺を見た(ような気がした)。
何やら考え込むように細長い指が顎にかけられる。左右に揺れる柳先輩の指の動きを見ていたら、ふいに既視感に襲われた。そ
れが表情に出たのか俺を見てた柳先輩が反応した。
「なんだ。恋の悩みか?」
どうして、そんな答えが。
大きな?マークを撒き散らして柳先輩を見るとめずらしく楽しそうに微笑んでいたりして。
俺の?マークは大きくなった。
いやもうさっぱり繋がりがわかんない。馬鹿面して呆けていると柳先輩の大きな手が俺を頭を撫でた。
明らかに子供にする態度そのものにカチンとしない訳じゃなかったけれど、いろんな意味で大きなこの先輩が相手なら、それも嫌じゃなくて。
「なら尚更だ。動かないとは、おまえらしくないな」
「え。いや、っていうか」
「なんだ?はっきりしない物言いだな」
思いっきり首を傾げた俺は細いくせに身長だけはある柳先輩を見上げた。これで真田副部長より1センチ高いんだっていうのもなんか変な感じだ。
そこで今度は違和感を感じた。
どことなく何かが違うんだよなーという気持ちが浮かんでは消えて。
控えめな微笑を浮かべた柳先輩を見て、それは大きくなった。
「・・・・・・なんか変」
ぽそっと呟く。声に出したら、それは間違ってないと思った。
けど言葉が指す『それ』が何を意味してるのかまではわからない。
つと柳先輩の細長い指が眉間に触れた。
「眉間に皺がよっている」
「へ?」
「力を抜け。身体に変な癖がつくぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
揉み解すように指の腹が眉間を行ったり来たり。視界を横切る白い掌と上に見える柳先輩の笑顔。
いつも見てるはずのその2つが訳のわからない焦燥感を生んで。
「・・・・・・赤也」
「・・・・・・何っスか」
「そんな顔をしてるくらいなら会いに行けばいい」
「・・・・・・え」
「今おまえの中にいる、思い浮かぶ人は誰だ?俺や他の人間と比べて、違うと思う相手は誰だ?」
「・・・・・・あ」
重ねて言われて。ぱぁっと視界が開けた感じがした。
無意識に重ねて、比べていたのは。
もやもやしていたものが消えて、ふいに頭に浮かんだのは福士くんの顔。つんと澄ましたような顔と白く細長い指を持つ手、そして折れそうな薄い身体、綺麗な顔を隠す濡れたような真っ黒い髪と同じ色をした一重の瞳。
「会いたかったんだろう?」
指の温かな感触が消えて、視線を上げると柳先輩の笑顔があった。
最初に見た「しょうがないな」というようなあの笑顔。
「っス」と頷くと今度はやれやれと笑われた。
福士くんの顔が浮かんだ瞬間、無性に会いたくなった。
綺麗な顔からは想像できないオーバーリアクションがまたイイ味で。穏やかに笑う柳先輩の笑顔とは違う、可愛い可愛い笑顔。
たった1日、それもわずか15分20分の事なのに。
鮮やかに思い出せる福士くんはいっぱいだった。
そしてそれがひとつひとつ増える度に顔を見たいと思う気持ちまでコップから水が溢れるように増えた。
「ああ、会いに行きたかったんだ俺は」
「自分では考えもしなかったのか?」
「ん〜言われて、やっと思いついたって言うか。あー、て納得したというか」
「・・・・・・暢気だな」
首のあたりをガリガリ掻いてそう言うと柳先輩は溜め息をついた。
と、いきなり首と肩にずっしりとした重み。
「赤也のは暢気じゃなくって、ただの自覚ナシだよなー?」
「うわ、丸井先輩っ」
「言われて、気づくっていうのはまだまだ子供の証だかんな」
「う、うるさいっスよ!」
くすくす笑われて、うがーっと吠えてはみたもののこんなんで吃驚する人間は立海テニス部にはいないから溜め息をつきつつ回された腕を解いた。
何の抵抗もなくするりと外れた腕を見てるとまたくすくす笑われた。
「・・・・・・そんな顔するんなら会いに行ってくればいーじゃん」
「そうだな。行ってくるといい」
じゃあそうしますと言いかけて、動かそうとした足が止まる。
怪訝そうな顔をした二人の先輩が俺に集まった。
「どうした」
「いや、どうしたって言うか今部活中じゃ――」
ないっスか?続けようとした言葉は丸井先輩に背中を叩かれて口からは出なかった。つか、ものすげ痛いっつーの!
綺麗に手形がついたんじゃないかと肩越しに背中を振り返る。
と、先輩2人からコツンと拳骨を貰った。
「いいから行って来いって」
「弦一郎には俺から言っておく。それとも行きたくないのか?」
「んな訳ないじゃないですかっ!・・・って、あースイマセン」
「気にするな。そっちのほうがいつものおまえらしい」
「そういうこと」
追い払うようにテニスコートから出て行けと指差された。
じゃあと頭を下げると部室めがけて一目散に走り出した。
走り出してすぐ何やら怒鳴ってくる真田副部長が視界の隅に見えたけど、それはさっくりシカトの方向で。
今から学校を出れば、ぎりぎり向こうの部活が終わりそうな時間には間に合いそうだったから、後ろなんて振り返ってられなかった。

ねぇ福士くん。
「また会えるかな?」ってまた偶然を待ってたらいつになるかわかんないじゃない?
だから俺は会いに行くよ。
出会いは偶然でも、これからは必然にするんだから。
あの角を曲がって、福士くんキミに会いに行くよ。

「おー恋する少年てカワイイよなぁ」
「無自覚なところがこれからは前途多難かもしれないがな」
「あーかもな?でも、それが恋の醍醐味でショ?」
その後どうやって2人の先輩が真田副部長を言いくるめたのかはわからないけれど、次の日、何とも言えない顔でじっと見られるのは参った福士くんに出会ってから1週間経ったある春の日のこと。