キミは 僕の 裸足の女神

福士くんは勝負事に弱い。
からっきしだと言っても良さそうなくらい、その駄目っぷりは見事だ。
ジャンケンだろうがカードだろうがゲームだろうが。左右の当てっこでさえ俺に勝ったことがない。
勝つのがわかっているから俺から勝負をかけることはないのだが、福士くんはこれまた負けず嫌いで。
ようするに「次こそ、今度こそ勝てるかもしれない」と言って、勝負しようとする。
けれど勝てた例は一度としてない。常に負けているのに負けず嫌いな福士くんなのだ。

「・・・・・・だから言ったよね?」
「・・・・・・・・・・・・今度こそ勝てると思ったんだっ!」
「毎回言ってるんだけどねー」
「煩いな!」
ということで今回もまた俺の勝ち。
テーブルに投げ出されたトランプを掻き集めながら福士くんを横目で見やった。
眉間に思いっきり皺を寄せ、下唇を噛んだ福士くんは心底腹立たしげで。
元々顔の作りが美人な福士くんのそんな表情は、はっきり言って艶っぽいこと、この上ない。
「で、何でも言うこと聞いてくれるんスよね?」
「・・・・・・・・・・・・男に二言はない」
「・・・・・・真田副部長みたいな言い方やめてよ」
絶対に俺が勝つからと勝負はしない、そう言うと負けん気に火がついたらしい福士くんは俄然やる気になった。
しつこく勝負しようと言われて、面倒くさいなーという風に「じゃあ俺が勝ったら何でも言うこと聞いてよ?」と持ちかけたら即OKの返事がもらえた。
あのさ福士くん。
この時点でもう勝負ついてたんだと思うよ、俺は。
そんなこんなでまんまと上手い事、話を進めた俺はポーカーでの5回勝負を見事全勝したんだった。
「じゃあ俺の言うこと聞いてもらうよ?」
にこりと笑った俺に福士くんは引きつった笑いで返してくれた。
うん、ご愁傷様。

福士くんが奥の部屋に連れて行かれて約30分。
ひっきりなしに「わー」だの「ぎゃあ」だの、およそこの店舗の雰囲気にあってない悲鳴じみた声が聞こえてくる。
今いるここは親が贔屓にしてるインポートブランドショップで、福士くんは見繕ってもらった服にお着替え中だったりする。
福士くんのそんな声に店舗にいるお客さんは吃驚した顔でキョロキョロしてたりして、なんだか笑える。
そりゃそうだろう。
どちらかといえば20代以上の女性をターゲットにしてる店で明らかに男の声で悲鳴がしてたら訝しく思うに違いない。
店の従業員たちは聞こえていても知らんぷりを通しているから尚更。
なので俺も素知らぬ振りをすることにする。
福士君が着替えてる間、俺は通りに面した3階吹き抜けの大きなガラス窓の横で黒革張りのソファに深く腰掛け、優雅にお茶を味わっていた。
ふと悲鳴が途切れたことに気づいて、持っていたカップをソーサーに戻す。
「赤也くん、準備整ったわよ」
「うん。ありがとう」
福士くんと一緒に奥に消えた、店長をしている母親の友人が呼んでくれた。
立ち上がって奥へと進むとすり硝子のドアの向こうに細っこい人影が見えた。
「福士くん?」
「・・・・・・おまえ、絶対に笑うなよっ!」
「笑わないよ。福士くん元が美人なんだから絶対に似合うって」
「似合うか、この馬鹿っ!俺は男だっつの!」
言うが早いか、すり硝子が嵌め込まれたドアがバンっと大きな音を立てて開いた。
パッと見て、一度、目を閉じた。
深呼吸して目を開く。
足元から徐々に視線を上げていった。爪先から頭のてっぺんへ、頭のてっぺんから爪先へ何度も何度も視線を往復させて。
俺がしげしげと見詰めている間中、福士くんは綺麗に磨かれた床を思いっきり睨みつけていた。
思わず、ピュウッと感嘆の口笛を吹いたら弾かれたように顔を上げた福士くんに射殺す勢いで睨まれた。
うわぁ眉間に皺、寄りまくり。
でも、そのせいで美人度が五割増くらいに見えたのは気のせいじゃないと思う。
「・・・・・・笑うなよ」
「笑わないよ」
笑えない。
俺としては苦笑を浮かべるしかなかった。
ちょっとした出来心だった思い付きがこんな結果になるなんて。
俺は一歩踏み出すと福士くんへと自分の腕を差し出した。
「エスコート役させていただきます」
余所行きの笑顔でにっこりと笑いかけた俺の視線の先にいる福士くんはなんと、ワンピース姿だったのだ。

「・・・なんかさ、視線集めてない?」
「気のせいだって。そう思ってるから、そういう風に見えるだけだよ」
「そうかぁ?」
「そうそう」
絡めた俺の腕で寄りかかるようにして隣を歩く福士くんがちらりと周りを窺う。
ホントは気のせいなんかじゃないんだけど、そんなこと言えば帰るって言い出すのは目に見えてるから絶対に言わない。
それにこんなオイシイ状況、手放すのは勿体無いデショ?
ご機嫌な俺とは逆で、なんとも居心地が悪そうな福士くんは歩くたびに揺れるワンピースの裾が気になるらしく俯いたままだ。
しかも足元は慣れない(慣れるワケがない!)結構な高さのあるミュールだから、それも仕方がないのか。
見繕ってもらったのは白地に鮮やかな彩色のローズプリントのワンピース。
色は派手目でも、どことなく落ち着いた感じで優雅な雰囲気をもつもの。裾で揺れるのはシフォンのフリル。ウエストラインは程よく細く、胸元を飾る細めのサテンリボンも色は白。肩紐もごく細めな2本。ミュールも白。
真っ黒な髪と瞳の福士くんにはとても似合っている。
どちらかと言えば細身のラインを強調するような型だから細っこい福士くんにはもってこいな感じで。
薄くメイクをしてもらった顔はきりっとした感じに仕上げられていた。
元々が美人だというのと、肌がきめ細かいせいで薄化粧でOKなんだろうと思う。
慣れないミュールが危なげで(福士くんはそんなに視力良くないし。いつもなら、こんな高さのある靴なんて履かないから尚更)腕を貸してたんだけど、近くで見る福士くんは中々に心臓に悪かった。
間近で見詰めてくる綺麗な形の目と目が合うたびにドキンと心臓が跳ねて。剥き出しの華奢な肩は白すぎて目に悪い。
こんなに間近で微笑む福士くんを見れるのは所謂、そういった状況の時ばかりだから真昼間の、しかも街中では理性を試されている気分だったりする。
「なぁ切原?」
「何」
「やっぱ俺見られてない?」
頬を寄せるようにして福士くんが寄ってきた。
ちらちらと視線が泳いでいる。
つられて辺りを見回せば、何人かが慌てて視線を逸らしていたりして。内心で舌打ちした。
そうだ、普段からでも福士くんと歩けば視線が集まる。
制服着てても誰かかしらに舐めるように見られる福士くんだ。こんな恰好をしてたら見てくださいと言ってるようなもんだということに今更ながら気づく。
しかも今の福士くんは女の人にしか見えない。
それも特上の部類。
すらりとした姿態に鮮やかな服、小さい頭と綺麗に整った容貌。男ではそんなに高くない身長も女の人の姿となれば目を引く要素でしかなくて。
「福士くん、帰ろうか?」
「え」
気づいたら踵を返してた。
道行く野郎どもの視線が福士くんを舐めまわすように見てるのが我慢ならない。
自分が可笑しい恰好をしてるから、と思い込んでる福士くんがその理由に気づいてないのは幸い。
慌てて福士くんが俺を追っかけてくる。繋いだ手に力が篭もる。
勝手な事をしてるという気持ちはもちろんあった。
言い出したのは俺。
確かに勝負を持ちかけてきたのは福士くんだったけれど、自分の言い分が通るように仕向けたのは俺だったから。
ホンの悪戯心だったのだ。
つい最近のことだ。テニス部の先輩たちが引っ張り出して見せてくれた一年生の頃のアルバム。
それには当時の三年生の先輩達から言われ、学祭で女装させられた部長たちの写真が貼られていて。
元々線の細い幸村部長やまだそんなに背の高くなかった柳先輩、可愛い顔をした丸井先輩の姿が写っていた。
その時、ちょっとだけ思ったのだ。
綺麗な福士くんなら、さぞかし綺麗になるんだろうな、と。
丁度そんな時、福士くんが勝負しろと言い出して。渡りに船だと思った俺は後先考えず「条件」を出した。
綺麗な福士くん。
でもそれは普段の飾らない福士くんだからこそ。自然体でいる福士くんだから俺は好きになったのに。
確かに女の人みたく着飾った福士くんは夢のように綺麗だけれど、所詮作り物でしかない。
俺は『男』の福士くんを好きになった。福士くんだって『男』ということをわかっていて俺と付き合ってくれて身体さえも開いてくれた。それなのに、俺は。
俺のくだらない思いつきでこんな恰好をさせられたと知ったら福士くんはどう思うだろう。
スケベ心丸出しの視線に福士くんを晒してしまったことが今無性に腹立たしい。福士くんに嫌われたくない。
だからこれ以上見られる前に帰ろうと思った。
「おい、ちょっと待てってば」
「いいから。ね?帰ろう?」
「切原っ」
腕を取って、ずんずん歩いていくと引っ張られていた福士くんが怒ったように手を振り払った。
容姿に似合わない、その行動に周りの視線が集まる。
立ち止まると福士くんを振り返った。
見れば、今にも泣きそうな顔をして俺を見ていて。
慌てたのは俺だ。
「え、ちょっと、福士くん!?どうしたのっ!?」
掴んでた力が強かったのかな、なんて慌てた頭で考えつつ福士くんに歩み寄った。
手を伸ばして肩に触れようとすると福士くんはビクッと身体を震わせて一歩後退った。
「・・・・・・福士くん?」
「おまえ笑わないって言ったじゃんっ」
「へ?」
「ホントはおまえだって可笑しいって思ったんだろ!?」
「え、何。何の話?」
何のことか、さっぱりわからない。
福士くんは涙を浮かべて俺を睨んでいる。一歩近づけば一歩後退さられて、距離が縮まらない。
首を傾げた俺に福士くんが何か言いたそうに口をパクパクさせて。
「福士くん?」
「・・・・・・俺は、」
「うん?」
「・・・・・・俺は嬉しかったのに」
「・・・・・・・・・・・・うん?」
言われたことの意味がわからなくて、先程とは違い、派手に首を傾げた俺を見て福士くんは綺麗な色に染まった口唇を噛んだ。その瞬間、普段は感じない口唇の感触に気づいたかのように眉が顰められて、悲しそうな顔になった。
「おまえ笑わないって言ったじゃん。あの店の人もちゃんと女の子に見えますよって言ってくれて・・・俺がホントは嬉しかったんだなんて、おまえにはわかんないだろうっ!?」
「えぇ?」
それはどういう事?女装癖がある、とかそんな話じゃないよね?
それはつまり・・・・・・どういう事だろう?
「周りからの視線に気づかないとでも思ったか!?」
「・・・・・・・・・・・・それは」
「変な目で見られて死にそうなくらい恥ずかしいのにっそれでも、それでも俺が何でこんな恰好したまんま、おまえと一緒にいるのか考えてみやがれっ!」
「え・・・・・・―――あ、ねぇちょっとっ福士くんっっ!」
言うが早いか、福士くんは涙をためたまま踵を返した。
戻った道をまた戻ろうとして。
咄嗟のことに処理しきれなかった俺はその背中を数秒見つめることになった。福士くんの白く細い背中。その背中がいきなり角を曲がった。ごく細い、人がひとりふたり、やっと通れるような路地へと続く曲がり角に福士くんは消えてしまった。
その事にはっとなった俺は慌てて追っかけた。
「待って、福士くん!」
名前を呼んだ。でも福士くんは振り返ってくれなくて。
このままわかれたら、ただの喧嘩じゃなくなってしまいそうで。一瞬で肝が冷えた。
福士くんが俺から離れる、それはそれだけは想像もしたくない。
「・・・待ってってば!」
狭い路地をだいぶ過ぎて福士くんの背中に追いつく。
だいぶとはいえ、ホンの十数メートルしか入ってないはずなのに通りの喧騒が異様に遠く感じられる。
ふいに背筋を嫌な感じのものが滑って、福士くんへと腕を伸ばした。
腕を掴む。掴んだら見た目以上のその細さに驚いた。
身体の隅々まで知ってる、触れたところはないくらいだというのに突然目の前に事実を突きつけられたような感じがして、思わず掴んだ手に力が入った。
「福士くんっ」
「なっ、あ――」
痛っと小声で叫んだ福士くんは掴まれた腕の力加減でバランスを崩した。
俺も福士くんがミュールをはいてるなんてこと頭からすっぽり抜け落ちてて。かくんと力が抜けたせいで福士くんは倒れそうになった。
「わぁっ危なっっ!」
咄嗟に腕を伸ばして抱きかかえた。
一度ドンと背中が路地の壁に当たって、福士君を抱きかかえたまま、その反動で反対側の壁に福士くんの背中を押しつける恰好で落ち着いた。
身長は福士くんのがちょびっとだけ高いくせにウェイトで勝ってるのは断然俺で。でもやっぱり身長差のおかげで正面から向き合うと腕の中へ抱き込むっていうのは無理があった。
俺の顔の横に福士くんの顔。
抱き合ってしばらく。福士くんが詰めていた息をほーっと吐くのがわかって、俺も息を吐いた。
良かった。とりあえず怪我とかは防げたみたいだ。
「・・・・・・って、良くないってば!」
「え」
「そうだ、そうだよ。福士くん、さっきのアレどういう事?」
「・・・・・・・・・・・・」
身体を少し離して後ろの壁に片手をつき福士くんの顔を覗き込んだが、目があう前に逸らされてしまった。
「福士くん」
「・・・・・・俺は考えろっつっただろーが」
「いや、それもだけど。気にしてるみたいだから言うけどさ、福士くんの恰好は本当に可笑しくないよ?俺ちゃんと言ったよね?」
「・・・・・・・・・・・・嘘、だ」
「なんで『嘘』?」
「・・・・・・・・・・・・それは」
「それは?」
福士くんが口唇を噛む。
ああ綺麗な口唇に傷ついちゃうよ。
傷がつくのは勿体無くて、顔を寄せて、ぺろりと舐めた。その行動に福士くんはピクリと肩を震わせて驚いたように俺を見た。
何度身体を重ねてもちょっとしたキスで驚くんだよね、福士くんは。
いつまでも初々しいというか。男心のツボをついてるというか。
気づかれない程度に苦笑すると福士くんと目があった。涙で濡れた瞳に俺自身の顔が映っていて、扇情的な気分になる。
「それは、何?」
わざと噛んで含めるように言うと福士くんの身体が震えた。
「・・・・・・だってさっき急に帰るとか言うから」
「うん」
「やっぱりホントは俺の恰好可笑しいとか思ってて・・・俺といるの恥ずかしかったんじゃないかって」
「・・・・・・何それ」
「何それって・・・・・・!」
瞠目した福士君が俺を見詰める。
俺としても視線は逸らせない。
何、馬鹿なこと言い出すかなー福士くんは!
「そんなの思うわけないじゃん。俺ホントに綺麗だと思ったんだよ?そりゃ福士くんは男だから、本当はそんな恰好なんてしたくないと思ってるだろうなとは思ったけどさ。べつに俺は、馬鹿にするためにそんな恰好させた訳じゃないよ?」
「・・・・・・そうなの、か?」
「そうだよ」
「あ・・・なーんだ、そうなのか」
「だから、そうだって何度も言わなかったっけ、俺」
大体、好きで好きで大好きで。どうしようもない程、大切に大事に想っている相手にそんなヒドいことする訳ないデショ?
はぁっと溜め息をついて見せると、福士くんは申し訳なさそうに俯いていた。
何でこの人成績は悪くないくせに、真逆と言うか、こう突拍子もない方向に考えが行くんだろう。
まぁでもいきなり『女装して俺とデートしてよ』なんて言われたら訝しく思う道理もあるわけで。喧嘩にはならなかったし善しとすべきか。
苦笑した俺は何の気なしに視線を下に向けた。
わぁ・・・!
ふと視界に入ったのは福士くんの足。
膝下くらいの丈だったワンピースの裾がさっきの騒動で捲れていて太腿が半分くらい見えていた。
思わず、ごくりと生唾を飲み込む。
福士くんは色も白いが体毛もほとんどない。うーん、大事なとこにはあるにはあるけど、他の人と比べると思わず言葉に詰まるほどだ。
なので髭はもちろんまだ生える気配なんて全然なく、腕や臑なんて女の人が羨ましがること必至なくらい、すべすべだったりする。当然わきもつるりとしたもので。
だからこそ今度のことを言い出したのだけれど。
「・・・・・・・・・・・・」
これは目の保養というべきか、それとも目に毒というべきか。
つるりとした、すべすべとしているのが見てわかるくらい綺麗な肌をしている福士くんの太腿がそこにある。
捲れた裾から、すらりと伸びた足。
きゅっと引き締まった足首までのラインが何とも言えないくらい綺麗で。ミュールの先に見える形のいい爪が薄く色付いている。
無意識に当たりの気配を窺う。
さっき遠くに感じた喧騒はそのままで、狭い路地に人影はなく、通りからも誰も気にとめていないのがわかる。わかったがここが悩みどころだ。
こんなトコで手を出そうものなら福士くんは烈火のごとく怒り狂うだろうことは必至。
以前、夜の公園でキスしようとしただけで叩かれた覚えがある。
うん、前科持ちは悩むトコだよなー。
けれど、僅かに開いている足の隙間と捲れた裾から見える白く細い太腿が誘っているようにも見えてしまう訳で。
さぁて困ったなーと手で撫でてみた。
「・・・・・・!!」
「・・・・・・福士くん?」
自分で撫でておいて、わざと訊いてみた。
ヤバいなー殴られるかな?
けれど待てどくらせど反応が返ってこなくて、恐る恐る福士くんの顔を覗き込んだ。
うわー真っ赤っか。
見てるこっちが照れてしまいそうなくらい真っ赤な顔をして困ったように眉根を寄せていた。これには俺もどういう反応をすればいいのかわからなくなって、うろうろと視線を彷徨わせた。
キスで驚くのはいつもの事だから、まぁ仕方がないとしても。
明らかに手を出しますよといった風に触ったのに、この反応の仕方はどうなんだろう?続けてもOKっていうことか?
しかしココは人目につきにくいとは言え、真昼間の街中だ。
こんなトコで福士くんがさせてくれる筈がないのは俺自身が一番よく知ってる訳で。
ぐるぐる回る思考。考えても考えても答えは出ない。
しかし一度として止めようという気にならないのは若さというか何というか。
と、その時。
福士くんが俺を見た。
「福士くん?」
「・・・・・・俺さっき考えろって言ったよな」
「あー、うん」
すっかり忘れてたけどね。
そうは言えなくて曖昧に返事を返した。で、何を考えろっていう話だったっけ?えーっと、とさっきの記憶を引っ張り出す。
『変な目で見られて死にそうなくらい恥ずかしいのにっそれでも、それでも俺が何でこんな恰好したまんま、おまえと一緒にいるのか考えてみやがれっ!』
確か福士くんはそう言ったはずだ。
・・・・・・どういう意味だろう。
恥ずかしいには恥ずかしいけど、でも俺と一緒にいるのに我慢してこの恰好でいる。こういうこと?
で、その理由を考えろと福士くんは言いたいんだ。
「・・・・・・なんで?」
「おまえ全然考えてないだろっ!?」
「え、いやーまぁ、ね?」
考えたけどわからないから福士くんに訊いてみたら、やっぱり怒られた。
どんな恰好をしてでもいいから俺と一緒にいたい。そういう事を言ってるのかな〜とは思ったけど口には出せない。
流石に言葉にするのには恥ずかしかったし、外れていれば福士くんに呆られそうだったから。
試合とかは別だけど、福士くんに関してはちょっとしたことでも間違いたくなかった。
「俺バカだからねぇ考えるとかそういう系、無理だよ」と笑って言うと福士くんは複雑な顔をした。
それは俺の言ったことと我が物顔で自分の太腿を撫で擦る俺の手に思うところがあったからかもしれない。動く俺の手にやんわりと福士くんの手が重なった。
「福士くん・・・・・・」
「俺は、」
ことんと福士くんの頭が俺の肩に乗せられて。
香水なんか使ってないはずなのに福士くんからはいつもイイ匂いがする。頬にあたる黒髪の感触がくすぐったい。
ていうか、余計に煽られるちゃうんっスけどねぇ。
「俺はこんな恰好させられたけど、ちょっと嬉しかったんだ」
耳朶に届く福士くんの声は柔らかい。
自然に俺の背中に腕が回されて、抱き付かれた恰好になった。
「この恰好なら、ちゃんと女の子に見えるって言われて」
「福士くん。俺は福士くんが好きだよ?」
「うん、それはわかってるよ。けどさ、やっぱ俺は男だし」
「・・・・・・うん」
「おまえと一緒にいれば、どう見たって友達にしか見られないだろ?」
「けど俺たちは―――!」
「うん・・・だからさ」
「え?」
「女の子の恰好してれば街中で、おまえとくっついてても変に思われないだろう?」
「・・・・・・福士、くん」
「自分でも可笑しいよなーとか思ったけどな。俺だっておまえのことちゃんとスキだし、人目を気にすることなくいちゃついてみたかったんだよ」
そう言って、回されていた腕がきゅうっと俺を抱き締めた。
俺は福士くんの髪に鼻先を埋めていた。福士くんは福士くんなりに俺のことを想ってくれていたのが物凄く嬉しくて。
女装させた俺にそんな事言うのって反則だよ。
涙が出そうな嬉しさや、それ以上に襲ってきた罪悪感から何とも言えなくて、顔が見られないように隠すのが精一杯で。
きゅうっと同じように抱き締めると福士くんが嬉しそうに身体を震わせるのが伝わってきて、益々泣きたくなるような幸福感に包まれた。
「なぁ切原?」
「・・・・・・うん?」
「・・・・・・・・・・・・」
「福士くん?」
一瞬黙りこんだ福士くんが少しだけ身体を起こして俺の顔を覗き込んだ。ちょっと首を傾げて、瞳を覗くようなその仕草に俺はあっさりとKOされた。
福士くん、それ反則。
さっき格闘していた理性までもがあっさりと白旗を振ったのがわかって苦笑した。
「・・・・・・そんな顔すると俺、気持ち止められないよ」
抱きたい。福士くんを感じたい。
そうは思うけど、傷つけたい訳じゃないから。こんなトコで煽るような真似は止めてよ。俺は生意気言っててもまだガキだから自分の気持ちを殺すなんてことまだまだ無理で。でも自分の気持ちを相手を泣かしてまで押し通すほどはガキでもなくて。
それもこれも福士くんが大事な人だから。
困って、福士くんを見るとムッとした顔で俺を見てて。
「・・・・・・おまえ馬鹿だろ」
「・・・・・・かもしんないけど、福士くんに言われるのはちょっと、ねぇ?」
「うっるさいよ!つーか馬鹿じゃんっ!」
「何が馬鹿だっていうの!」
抱き合って、顔が10センチほどしか離れていない状態で口喧嘩。
いきなり何なんだ。
困惑して福士くんを見やると、逡巡した後、細い指が俺の顔に伸びてきた。視界が塞がれて、口唇に温かい感触。
「・・・・・・・・・・・・福士くん」
「さっきからおまえ何聞いてたんだ!」
「ええ?」
「こんな事させておいて・・・・・・俺が今どれだけ恥ずかしいとか考えないのかよっ!?」
「えー・・・っと、それは、つまり」
「バカ切原っ」
小さく叫ぶように名前が呼ばれて、もう一度口唇が塞がれた。
これはとどのつまり・・・そういうこと?
導き出された答えは天にも昇れるモノだったけれど、俄かには信じられなくて。思わず確認するつもりで手探りで福士くんの足へと指を這わせた。外側から内側へ指の腹で撫でるように。
数回往復させると福士くんが息を詰めるのがわかった。
「・・・・・・いいの?」
「・・・・・・それを、俺に訊くなよ・・・・・・!」
遠慮がちに訊くと小声で抗議された。
うん、でもやっぱねぇ。
一応了承取っとかないとさ、場所が場所だけに。この状態で止めるとか言われても俺には止める術がないから。
「・・・・・・俺だって男なんだぞ?」
耳に福士くんの口唇が触れて、そぉっと耳朶にキスされた。
さわりと触れた腰に自分と同じ熱を感じて、福士くんをぎゅうっと抱き締めた。
真っ赤な顔をした、潤んだ瞳に俺の顔が映ってて。
どうしようもないくらい幸せそうな表情をした自分の顔はもう見てられなかった。
背中に回していた手を滑らせるとくすぐったそうに身体を捩られた。
「・・・・・・天国に行かせてあげるから、福士くんも協力してよ」
「・・・・・・バーカ。行くんならおまえも一緒だろ?」
「ったく。福士くんって俺のこと喜ばせすぎだよ?」
どうなっても知らないから。
苦笑まじりに呟くと福士くんが艶やかな表情で笑った。
「だって俺、おまえのこと好きだもんよ」

結局その日は福士くんを家に帰すことは出来なくて、土日で良かったよねと裸の背中にキスしながら言うと拳骨で殴られた。
その痛みすらも与えてくれるのが福士くんなら、俺には嬉しいモノでしかないんだけどね?