【 あなたに、10の想い 】 * 配布元 : 最果エレジー

一 方 通 行 の


「俺、アナタが好きだよ」

囁くように吐き出した声と言葉は情けなくも震えていた。
けれど、顔に出ないおかげなのか、せいなのか。
それは感情から来るモノじゃなく、この俺達を取り巻く寒さのせいだと思われたらしい。
一瞬、驚いたように瞠目して福士くんは微笑んだ。

「うん。俺も・・・オマエのこと、嫌いじゃねーよ」

告げられた言葉は嬉しくもあり、それ以上に口惜しさを俺の中に埋め込んだ。
『アナタが好き』
何度告げてもアナタに伝わる日は来ない。


愛 と 呼 ん で


始めは 『 可愛いヒト 』 だと思った。
なんと言っても、きっかけは一目惚れで。綺麗さに息を飲んだ、あの日の事は鮮明に覚えてる。
確かに、最初は軽い気持ちで。
今まで自分の周りにいたタイプじゃなかったから目新しさも手伝って、小学生のガキみたいに自分のモノにしたかった。

「色々言われてるみたいだけど、俺は、おまえのテニス結構スキだぞー?」
「・・・・・・どうせ、」

立海レギュラーの先輩たち以外からは非難轟々だった、ある試合の後。
面と向かって言われた言葉に俺の中で弾けたオモイ。
その時は照れ臭いやら恥ずかしいやらで気付かなかったけれど。
今は、今なら言える。
アナタへの、愛しいと思ってしまうこの気持ち。

「スキなのはテニスだけ?」

そう告げたら。
アナタの返事は?


繋 ぐ 糸


東京と神奈川、地図上じゃそんなにない距離も実際問題となれば、遥か彼方だ。
しかも俺達はアシさえ持てない中学生。
会いに行く時間がなければ、その間を繋ぐのは電話のみ。
もちろん暇を見つけてはメールを送ってたりはするけれど時差が起きるのまでは面倒見切れない。

「・・・・・・もしもし、」
『切原?』

この後、どれだけ会いたくてしょうがなくなるか判ってはいるのに・・・せめて声だけでも。
そう思って発信履歴を開いた。何時でもリダイヤルできる、ただ1人のヒト。
繋がるとすぐ、聞こえてくる声。
躊躇わず口唇に乗せられる自分の名前の響きに泣きたくなった。


そ の 声 が


自分がこんなに我慢の出来る人間だとは思わなかった。
そう、でもそれも所詮『過去形』だけれど。

「・・・切原?」

心底不思議そうな顔をした福士くんが俺を見上げる。
両手首を掴まれ床に押し倒された恰好だというのに、この人はそれでも普段と変わらない。
俺はこの人と会って変わったのに。
この人は全然変わらない。

「どうしたんだ、おまえ?」
「・・・・・・っ」

その目に怪訝そうな色が浮かんで。
結局、対等に見てくれる日は来ないのかと絶望的な気分になった。俺は何処まで行ってもアナタに同じ領域に立つ人間だと思われないの?
緩んだのは気だけじゃなかったらしく、するりと自分の手から逃げていった福士くんの白く細い手を暗く見詰める。

「切原」

ふわりとした掌の感触と共に呼ばれる俺の名前。
優しく響く、その声。
手に入れたいと思う瞬間。


攫 え る の な ら


手に入れたいと願うのは馬鹿なことですか?

「なぁ切原、あっちのほう行ってみねぇ?」
「あー・・・あっちにはポピーの花畑とか言うのがあるらしいっすよ?」
「へぇ?」

入場ゲートで渡された三つ折りのパンフレットを見ながら返すと隠そうともせず目を輝かせた福士くんが手だけを伸ばしてきた。
パンフレットを差し出すと、それを丸めて俺の頭をポクリと叩く。

「え、何?」
「おまえ馬鹿?手だよ手!」
「!」

丸めたパンフレットは尻のポケットに押し込まれ。
掴まれた手はそのまま繋がれて、引っ張られていく。

「福士くんの手って温かいっすね」
「心が冷たいからなー」

ふふと笑いながら言われた言葉は絶対嘘。
自然に繋がれたままの手は心臓に直撃だ。
ああ、このまま何処までもアナタと行ければいいのに。


COMING SOON


掬う / 拭う指 / 甘くも苦くも / 君は知ってる? / 初めての表情