光野浩一(みつの こういち/KOICHI MITSUNO)
1965年福岡県太宰府市生まれ。89年金沢美術工芸大学 油絵科卒業。 10代の一時期に体験した存在の自明性の揺らぎを表現の出発点とし、80年代よりレディメイドや発注品を 基にしたオブジェ/インスタレーションを制作する。初期の作品は相反する条件の混在・併置により、 自我同一性の確認が困難になる状況を提示し、人間存在を問うものであったが、近年の作品展開では個人と社会の関わりをモデル化することにより、世界の成り立ちや個人の精神的な生死を探っている。94年にパリ市営ギャラリー・エスパス=バトー=ラヴォワール(アトリエ『洗濯船』)で松谷武判プロデュースによるグループ展を開催。 また、地元紙を中心に美術文化に関するコラムなどの執筆も手掛けている。現在、宮崎県宮崎市在住。
略歴   参考文献
 
1965
福岡県太宰府市生まれ
1989
金沢美術工芸大学 油絵科卒業


1987
独立美術協会展 (東京・都美術館)ほか
1988
Points88展 (金沢・INAXギャラリー)ほか
1989
WORKS×6展 (金沢・市立図書館ホール)ほか
1990
個展 (宮崎・ひまわり画廊)
1991
個展 (福岡・アートスペース貘)
1992
個展 (宮崎・ひまわり画廊)
起点 (東京・シーバンスギャラリー)
県内新鋭作家展 (宮崎・青木画廊)
1993
個展 (福岡・アートスペース貘)
起点 (東京・アートスペース レビーナ)
県内新鋭作家展 (宮崎・青木画廊)
1994
個展 (宮崎・ギャラリーホワイト)
7人展(パリ・エスパス=バトー=ラヴォワール 『アトリエ洗濯船』)
宮崎現代美術展(IRISギャラリー/宮日会館/都城市立美術館)
1995
個展 (福岡・ギャラリー和)
新春展(大阪・ギャラリーdo)
1997
個展 (福岡・アートスペース貘)
MESSAGE‘97展 (都城・都城市立美術館)
私美術のすすめ (東京・板橋区立美術館)
1998
個展 (福岡・アートスペース貘)
1999
個展 (福岡・アートスペース貘)
2000
個展 (福岡・アートスペース貘)
2001
個展 (熊本・ギャラリー武智)
2002
個展 (福岡・アートスペース貘)
桜島 マグマ・プロジェクト(鹿児島・桜島町立体育館特設会場)
2003
個展 (宮崎・ギャラリー ウインドファーム)
2004
個展 (福岡・アートスペース貘)
SQUARE 90 (都城・都城市立美術館)
2005
日韓文化交流フォーラム&絵画展 (宮崎・宮崎県立美術館)
2006
個展 (宮崎・ギャラリー ウインドファーム)
個展 (福岡・アートスペース貘)
2007
アートスペース貘の30年・DRAMA (福岡・アートスペース貘)
個展 (宮崎・ギャラリー ウインドファーム)
2008
個展 (福岡・アートスペース貘)
One Square Foot Size International Art Exhibition
"Aesthetic Encounter in London"
Lennox Gallery (London)
2009
One Square Foot Size International Art Exhibition
"Crescent Light"
A-forest Gallery (New York)
Aesthetic Encounter in London, United Kingdom/
The Lennox Gallery Award受賞
南九州アートライン展 (都城・都城市立美術館)
2010
個展 (福岡・アートスペース貘)
2011
個展 (鹿児島・マルヤガーデンズ)
2012
南九州からのSINDOU (都城・都城市立美術館)
九州コンテンポラリーアート2012・地球の上に生きる (熊本・熊本県立美術館分館)
2013
個展 (福岡・アートスペース貘)
2014
第23回 英展 (福岡・田川市美術館)
2015
九州コンテンポラリーアート2015 ありのままの人・かたち (福岡・福岡県立美術館)
個展 (福岡・アートスペース貘)
2017
個展 (福岡・アートスペース貘)
 
 
 
 
 
1990
宮崎日日新聞(8/23) 展覧会
1993
宮崎日日新聞(9/2) 私の美術と周辺 (依頼による自筆コラム)
1994
宮崎日日新聞(9/8) 文化 宮崎現代美術展
1995
宮崎日日新聞(7/12〜‘96/2)「風紋」(依頼による自筆コラム・6回連載)
読売新聞 (9/10) 作家たちは、今
1997
宮崎日日新聞(9/22)「私美術のすすめ」光野さん出品
MESSAGE‘97展図録 (都城・都城市立美術館)
私美術のすすめ展図録 (東京・板橋区立美術館)
1998
宮崎日日新聞(11/12) ギャラリー
読売新聞 (11/17) 美術
1999
読売新聞(11/19) 美術
美学・美術史研究文献要覧 1990〜1994(日外アソシエーツ 刊)
2000
宮崎日日新聞(3/24)ARTフロンティア みやざき
2001
毎日新聞(7/26) 美術
熊本日日新聞(7/ ) 美術
熊本市美術館設立準備室 『ART KISS LETTER』 2号
2002
都城市立美術館だよりvol.4 special feature2 作家近況
美学・美術史研究文献要覧 1995〜1999(日外アソシエーツ 刊)
2003
宮崎日日新聞(11/24) 現代アート 光野浩一展
朝日新聞(11/27) 光野浩一さん個展
宮崎日日新聞(12/5) アートこらむ
宮崎日日新聞(12/24) 文化/県内回顧
2004
宮崎日日新聞(2/23) 孤軍奮創
宮崎日日新聞(5/3) アートこらむ
宮崎日日新聞(8/13) アートこらむ
都城市立美術館連絡協力会 MCMA CLUB会報(10月・第3号)(依頼による自筆コラム)
読売新聞 (11/6) 美術
宮崎日日新聞(11/8)
2005
四月と十月編集室刊・『画家のノート 四月と十月』(四月一日発行・Vol12)
宮崎日日新聞(8/1) アートこらむ
2006
タウンみやざき3月号 アートTopics
宮崎日日新聞(3/10) 文化/ギャラリー
毎日新聞(3/10) 宮崎/わくわく週末
西日本新聞(3/13) 宮崎/現代社会の心理的縮図
宮崎日日新聞(4/7) アートこらむ
西日本新聞(4/12) 風車
読売新聞 (11/9) 美術
2007
毎日新聞(1/27) 土曜文化/『アートスペース貘』30年展
読売新聞 (2/11) 表現者の現場
朝日新聞(11/8) 出かけませんか/ギャラリー
読売新聞 (11/8) 展覧会
毎日新聞(11/9) みる きく でかける たのしむ
宮崎日日新聞(12/17) アートこらむ
2008
宮崎日日新聞(1/7) アートこらむ
宮崎日日新聞(11/3) 文化/ギャラリー
読売新聞 (11/8) 文化/ギャラリー
朝日新聞(11/15) ART & CULTURE/展覧会
2009
宮崎日日新聞(8/14) 総選挙/問われる現代像 宮崎・表現者からの視点
宮崎日日新聞(12/ ) アートこらむ
2010
FUKUOKA WALKER12月号
NO!!12月号
宮崎日日新聞(12/ )
2011
朝日新聞(11/17)
宮崎日日新聞(12/23) 文化
LEAP(12月号)
TJカゴシマ(12月号)
2012
宮崎日日新聞(3/17) 文化/日常の特別さ伝える 収蔵作品48点展示
宮崎日日新聞(5/10) 文化/現代アート大作8点 都城で「SINDOU」展
宮崎日日新聞(6/) アートこらむ 5月の県内美術
宮崎日日新聞(7/) アートこらむ 6月の県内美術
2013
宮崎日日新聞(12/) アートこらむ 12月の県内美術
読売新聞(12/21) 美術散策
2015
西日本新聞(12/17) 文化短信
宮崎日日新聞(12/21) 美を歩く 光野浩一の設置芸術・自己存在確認に思索
 
 

 

 
ほか、シティ情報ふくおか,Kyushu Walker,美術手帖等、紹介記事多数。
(ここでは詳細に言及しない紹介記事は省きます。)
 
TV出演他
   
2006(10/30〜11/12)
都城ケーブルテレビ お茶の間美術館  インタビュー
2012(5/10〜5/13)
都城ケーブルテレビ 南九州からのSINDOU 
    Public Collection
   
都城市立美術館
宮崎大宮高等学校

光野浩一(みつのこういち)名で掲示板またはそれに類するものの開設・アバター等の設定・それらの使用や書き込みを行うことはありません。 (展覧会情報の告知を除く)
度々散見される名前の不正使用・なりすまし等につきましては、その都度厳しく対処しておりますので、誤解の無きよう宜しくお願い致します。

*ただし、震災の状況に思うことがあり、2011/5/22よりfacebook/ART FOR LIFE登録を行いました。適宜活用していきます。

*当方、美術教育にも携わる身ではありますが、同姓同名の進学塾関係者とは一切関係ございません。

思春期の自分に突然湧き起こった日常性への懐疑… 歩き方や目のやり場にさえ覚える躊躇、両腕に対する収まりの悪い違和感、自己の行動を 冷淡に見つめるもう一人の自己の発見、無意識の過剰な意識、精神と肉体の断裂。 この奇妙な問題はやがて一時の熱病であったかのように忘れ去られたが、芸術の道を志し、 『なぜ描くのか』という命題に直面したとき、自己の存在確認のため不可避なものとして再び 眼前に立ちはだかった。

自己と対面し、揺らぐ存在意識を確認する場を出現させること、それが私の仕事となったが、 そこに観るものに迫る表現や用意された解答は不要だ。かつて表現の拠り所とした絵画も所詮は 絵の具と手癖の集積に過ぎないのではないかというジレンマ…肉体不信の影響は素材の選択・ 製作/提示方法にも波及し、一切の手仕事の痕跡を消し去った。私にとっての作品とは、自らに 必要なリハビリテーションの道具であり、忘れてはならない感覚を呼び起こし再出発を目指すため、 いつでも立ち帰ることが可能な精神の道標なのである。

今なお語り継ぐ『メメント・モリ』。私は未視感や新鮮な感動といった現代美術の神話とは むしろ無縁な、誰もが超えられずにきた古風な問いを繰り返す。ありふれたレデイメイドを言語 とした表現がもたらすうつろで冷たい既視感。そこには相反する価値の混在による文脈の断列が 仕掛けられているが、それは日常に潜む私の宙吊りの自問そのものを表している。

自らの存在に対峙し確認し続けるための問い。なりふり構わぬこの行為が美術と呼べるか 否かは最早重要なこととは思わないが、それが現代社会とそこに生きる人々に共通した問題を孕む 限り、美術の名を借りながら発表し続けていくつもりでいる。 極私的なものが観客の思索を引き出し、そこから対話を生み出してゆくことは、そのまま私が 精神的な社会性を獲得してゆく過程に重なる。人間の存在に対する明確な解答は容易に導き出せず とも、それを探求する姿勢の共振を確認することで生きることを実感できるのではないか…その 微かな期待が私を支え、また問いに向かわせている。

  (97年春 都城市立美術館企画展 『メッセージ`97』カタログより)
   
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