建築アート『都城市民会館』保存運動 


以下の文章は、地元都城市ときわ通り商店街振興組合が提言し、M・A・Pがサポートした都城市民会館保存運動についてのものです。

シビアな経済状況は文化活動を駆逐します。確かに優先すべき問題は山積みで我々の暮らしを圧迫し続けていますが、失ってしまったものはもう絶対に取り戻せません。学校教育においても美術の授業時間ならびに専門指導者の削減が、子供たちの感じる力や表現力を急速に奪っています。それは取りも直さず将来の文化サポーターを失うことも意味するのですが、我々は文化的環境においても何も残していくことができないのでしょうか

2006年より、新・都城市総合文化ホールがときわ通り商店街(アートストリート)近隣にオープンし、この地の文化の中核を華やかに担っています。
しかし、それに伴い、古き良きもの・都城市民会館が消えることを我々は良しとしなかったのです。

都城をアートで面白くする企画集団M・A・Pは、「都城をアートで面白くしてきたもの」である都城市民会館の保存を提唱し、そのための運動に関わってきました。

しかしながら深い関わりを持つにつれ、様々な人々の立場や政治的・経済的な思惑が絡むことを避けられなくなってきたのは事実です。そして『アートで遊ぶ』という本来の立脚点を見失いつつあったことも。

現在、市民会館に関する運動は、『都城市民会館を守る会』が行っており、M・A・Pは保存運動を公式活動の中に位置付けず、原点回帰を図っています。

このことから、本HP内での保存運動サポートは休止しますが、都城の文化を象徴するものとして引き続き注目していきたいと思います。

 


都城市民会館はデザインの優れた大型建築作品です。

都城市民会館は都城に残された最後の有名建築物です。みんなが気付かないうちに、シンボルやランドマークになっていました。

これは昭和41年に菊竹清訓(きくたけ きよのり)氏の設計により建てられたもので、パリのポンピドーセンターにも模型が展示されました。 イタリアの高校美術の教科書にも写真が掲載され、 日本の建築専門誌でも『残したい建築物100選』のひとつとして紹介されました。また、建築家を志す人々が全国から見学に訪れ、個人ホームページの中にも、「私見では国宝級」などの賛辞が多数見受けられます。

しかし今、その魅力的な建築物が、市の財政改革の一環で、「古い・雨漏りする・維持費が掛かる」ということで取り壊されようとしています。(2007年3月、『取り壊し』との市長決定が下りました。)

現在の美術館を島津家資料館として模様替えし、島津久厚氏より市に寄贈頂いた約1万点の重要資料を、新規に資料館を建設することなく収蔵する。市民会館は『建築・収蔵品がまるごとアートの新美術館』として長期保存と活用が出来るようにする。こういった『美術館転用案』なども提案してきたのですが…

都城市民会館について
都城市民会館は市制40周年の記念事業として1966年に開館した文化施設です。1407席の大ホールのほか、2室の会議室や5室の楽屋ほかを備えています。梁が放射状に突き出した特徴的なデザインは建築界でも注目されていますが、一方でコンクリートの劣化、鉄筋の腐食など老朽化が進んでおり、舞台機構や設備機器も現代のニーズに対応できないなどの問題を抱えています。
都城市民とのかかわり
利用者は年間12万人、開館からの累計利用者は440万人に上り、92年までには併設の結婚式場で4258組が挙式しました。各種発表会や文化祭、成人式、コンサートなどに活用されてきましたが、2006年・新文化ホールオープンの陰で、存続の危機にあります。
 
 
設計者・菊竹清訓氏について 菊竹清訓氏の作品について

1928年・福岡県久留米市生まれ/早稲田大学理工学部建築学科卒業/日本建築士会連合会名誉会長/2000年、「今世紀を創った世界建築家100人」に選ばれる。

愛知万博総合プロデューサー。

沖縄海洋博<アクアポリス>・大阪万博<エキスポタワー>・江戸東京博物館・昭和館・出雲大社庁の舎・銀座テアトルビル・ソフィテル東京・シブヤ西部LOFT館・島根県立美術館・福岡市庁舎・九州国立博物館など多数。
メタボリズム<新陳代謝> 改修され、利用が続行されている建築例

60年代に展開された日本初の国際的建築運動。「建築や都市は閉じた機械であってはならず、新陳代謝を通じて成長する有機体であらねばならない」という運動理念。リサイクルやエコロジーが叫ばれる近年、世界的にこのメタボリズムの再評価の気運が高まりつつあります。

都城市民会館は、メタボリズムを具現化した作品の好例として様々に紹介される特別な存在です。

・金沢市民芸術村

<煉瓦作りの紡績工場⇒工房とオープンスペースを持つ公共施設>

・兵庫県洲本市立図書館

<煉瓦作りのカネボウ工場⇒図書館>

・宮城県白石いきいきプラザ

<市民会館⇒リサイクルプラザ>

 色彩計画:粟津 潔 氏

設計者のみに注目しがちですが、都城市民会館の色彩計画は世界的グラフィックデザイナー・粟津 潔 氏の手によるものだということが判りました。

1929年東京都目黒区生まれ。絵画・デザインを独自に学び、 1955年日本宣伝美術会展・日宣美賞受賞、1958年世界フィルムポスターコンペランス最優秀賞などを経て、1969年粟津デザイン研究室 <現 (有)粟津デザイン室>設立。
以降もグラフィックデザイナーとしてデザインの第一線で活躍する傍ら、建築・音楽・文学・映像など様々なジャンルを超えたアーティストらと共に都市設計・博覧会設計・映画制作なども行い、その活動・作品暦、及び発表は多岐に渡る。

2007年3月、取り壊しの決定(売却・委譲・代案を受付けず)が下されました。

望みは絶たれたと思われましたが、DOCOMOMO選定の近代建築遺産に

登録されたことで、希望の光が。『都城市民会館を守る会』が活動継続中です。

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特報!!! 市民会館取り壊しの回避決定!!!

南九州大学の講堂として20年間の無償貸与が決定!!

解体費用2億5千万円をアスベスト撤去費用に減額修正。通年の維持管理費は雨漏りも含め大学側の負担で行なうとのこと

 

都城市民会館関連・建築リンク  
都城市民会館の生みの親・公式サイト。
菊竹建築・企画共に大注目の福岡新名所。
建築家達が集う建築情報サイト。都城市民会館も話題に。
建築家達が集う建築情報サイト その2。
地元『都城市民会館を守る会』のサイト。
都城市民会館の色彩計画も担当した世界的デザイナー。

 


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