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Vol.2 AntiqueShop グリーン・ヒル
   わたしはいつも外を見ている。
来る日も来る日も、同じ場所から外を見ている。
わたし自身はここから動くことはないけれど、こうしてみると外の景色はその日
その日で結構な変化があるものだ。
アンティークショップ、グリーン・ヒル――それがわたしの住処だ。
住宅街の中にありながら、ここは自然が比較的豊かなので季節の移り変わりが楽しめるし、
色々な人が通るのでそれを見ているだけでも結構飽きない。
平凡ではあるが、それがわたしのささやかな楽しみなのだ。
長い坂道を登りきった頂上の、とても日当たりの良いところにそこはある。
淡い色調の木造の家は、閑静な住宅街にあってひときわ目立つはずなのだが不思議と
そのような印象がなく、むしろ周りの雰囲気に馴染んでいるようにさえ見える。
店の周りにはその名の示す通りいっぱいの緑で覆われており、その奥には柔らかい
木目を活かしたドア、少々さび付いてはいるがそれでも軽快な音を響かせるドアベル。
そして、ドアのやや上部中央に楕円の看板があり「GREEN―HILL」と記されている。
それはまるで風に乗って記された文字のように流れている綺麗な文字だ。
どこか懐かしさの漂う落ち着いた雰囲気――
そう、たとえるならその場所だけ時が止まっているような、そんな店のショウウィンドゥに
わたしは飾られている。
一歩店に入ると、店全体が暖かいオレンジ色で包まれ、そのやわらかい光は木で出来た店に
とてもあっているらしく、ここに来る人々にほっと一息つきたくなるような安心感を与えてくれる。
店に来るお客様も、その雰囲気が気に入っているのか常連の方々がここへと足を運び、
時には店長とのおしゃべりを楽しみ時にはわたしたちを手に取り雰囲気を満喫している。
柔らかい光はわたしをはじめここの仲間たちの演出に一役買っているらしく、
お客さんに気に入られた仲間がたびたびここを去っていく。
おそらくは引き取られた場所で大事に扱われてる違いない。
わたしは、この店と主人がとても好きだ。
中西さん――歳の頃は二十代中盤といったところだろうか。
長身で、人のよさそうな顔からこぼれる笑顔が似合う青年だ。
わたしが言うのもはばかられるかもしれないが、結構な男前だと思う。
彼が営む店に、わたしは結構長い間ここの「顔」としてショウウィンドゥを飾っている。
フォトスタンドのわたしには、特有の顔がない。
収められた写真が「顔」になるわけだ。
そんな中西さんがわたしに与えてくれた「顔」。
それは、清楚な女性が百合の花を抱いている写真だ。
歳の頃は高校生といったところか。
白い百合の花が彼女の笑顔をより一層印象的なものにしている。

わたしは中西さんによって作られた。
飾りもないシンプルな木造りだがそれがかえっていい味を出していると自負している。
わたしのうまれたきっかけだが、彼がなにかの賞を取ったときの記念としてつくったらしく、
そのときの写真をわたしの「顔」として与えてくれたのだ。
それ以来、わたしの「顔」はずっと彼女のままだ。
この「顔」はわたしのお気に入りだ。
わたしは、この「顔」のままずっと過ごすのだろうと思っていた。
あの日が来るまでは――


――――――


それは、初夏に入ろうかと言う少し暑い日だった。
その日は珍しく客がおらず、中西さんも少し退屈している様子だ。
わたしがいつものように外の景色を楽しんでいるそのとき、その女性は現れた。
私を見るやいなや女性は驚き、そしてわたしもとても驚いていた。
なぜなら少々大人びた印象に変わってはいるが、その女性は間違いなくわたしの「顔」の女性だったのだから。
じーっとわたしを見つめていた彼女だったが、意を決したかのようにグリーン・ヒルに入っていった。
ドアベルがカランコロンと音を鳴らし、中西さんへ来客を告げた。
「いらっしゃい……ませ」
中西さんは、呆然として客を見つめている。
わたしも驚いたので人の事は言えないのだが。
中西さんを呆然とさせている主は、まるで観察するように彼をまじまじと見つめ、なにかを
確信したのかようやく口を開いた。
「やっぱり。中西くんだよね? わたしの事、覚えてる?」
「……もしかして……笹原さん!?」
「そう! 久しぶりね」
「あ、ああ、本当に、久しぶり」
動揺している中西さんに対し、笹原という女性は嬉しさを隠さずにいた。
「元気にしてた?」
「あ、ああ。おかげさまでね」
「もうびっくりしちゃった。私の写真が飾ってあるんだもの。しかも、高校時代の写真なんて」
「ああ、これ?」
中西さんはショウウィンドゥからそっとわたしを取り出し、改めて彼女にわたしを差し出した。
「記念だからね。だから、この店の「顔」として飾ってあるんだ」
「やだ、中西くんったら」
といいつつも、彼女はまんざらでもなさそうでむしろ嬉しそうに見えた。
「顔」になっている本人を目の前にして言うのもなんだが、彼女の反応はもっともだとわたしは思った。
何しろわたし自身もとても気に入っている自慢の「顔」なのだから。
「立ち話もなんだし、奥の席へどうぞ」
「いいの?」
「見ての通り、とてもヒマなんだ」
中西さんは彼女を奥へと招き一角にある椅子に座ると、わたしをテーブルの中央に置いた。
「お茶でもどう?」
「そうね、頂くわ」
数分後、中西さんは二人分のお茶を持って現れた。
余談になるが、ここのもうひとつの売りが彼のふるまうお茶でこれを楽しみにグリーン・ヒルに
訪れる常連さんも少なくない。
わたしは味を楽しむ事は出来ないが、お茶から漂ういい匂いを堪能している。
「あら……ジャスミンティーね。わたしの好み、覚えていてくれたんだ」
「そりゃあ、あれだけ言われつづけられたらね」
「うそ、私はそんなに主張してませんっ」
「いいや、していますぅ」
お互いの顔を見合わせ、思わず吹き出す二人。
ジャスミンティーが二人の時をなつかしの時代へと戻しているのだろうか。
交わす一言一言が、まるでお互いを通して自分を確かめ合っているようだ。
そして、笹原さんはお茶を片手にぐるりとあたりを隅々まで見まわした。
「……いい店ね」
「ありがとう、自分でも結構気にいってるんだ」
「なんだか、ここだけ時がとまっているみたい」
「みんなそう言ってるよ。あまりぴんと来ないんだけどね」
「そうね……本人が気付かない事って結構あるもの」
「違いない」
彼女はおいしそうにジャスミンティーを飲み、ほっと一息ついた。
「――そういえば。どうして、あの時私をモデルに選んだの?」
「……え? いきなり聞かれてもなぁ……」
「是非聞きたいな」
「そうだねぇ……」
実のところ、わたしもそれに興味があったのだ。
しかし、わたしから聞く事が出来ないのでとてもいい機会に恵まれたと思う。
さて。その質問をされた中西さんだがなぜか答えあぐねているように見えた。
ちょっとした沈黙の後、彼は静かに理由を語り始めた。
「あの時ってさ。焦っていたんだ」
「焦っていたって……どうして?」
「……何を撮ってもしっくり来なかったんだよ。どの被写体を選んでも、自分の
 思い通りに行かない。そんな時、花壇で花の世話をしている君を見つけたんだ」
「ふーん……それで?」
「それでって……それだけ」
「なにそれ???」
笹原さんはすっとんきょうな声をたてた。心のそこから『なんで?』と訴えているのが伝わる。
もしわたしが声を出せるのなら、同じ反応をしていたに違いない。
「だからぁ、そのとき君が無性に撮りたくなったんだよ。それだけっ」
「そっか……そう言う事、ね」
「え?」
中西さんの反応をよそに、笹原さんは小悪魔っぽい微笑を浮かべはぐらかすように話を続けた。
「ううん、なんでもない。そう言えば、プロの道には進まなかったの?」
「一度はいったけど、自由に撮りたくてね。今は趣味でやってる」
「そっかぁ。じゃあ、腕は落ちてないんだ」
「そうだといいんだけどね」
しばらくの間、ふたりは思い出話に花を咲かせた。
そして、二人ともお茶のおかわりをし一息ついたところで彼女が話を切り出した。
「私ね、結婚するの」
「……え?」
中西さんの動きはゼンマイが切れたように、ぴたっと止まった。
必死に隠そうとしているが戸惑いの色は隠せず、わたしにもそれがひしひしと伝わってきた。
「その事でこっちの友人のところを訪ねたのよ」
「……そうか……おめでとう」
「ありがとう」
「式はいつ?」
「10月の半ばくらいよ」
「そっか……」
その一言の後、中西さんは黙りこんでしまい笹原さんも表情に陰を落としていた。
柔らかいオレンジの光が、このときはかえって二人に哀愁を漂わせている。
わたしの知る限りグリーン・ヒルでこんな空気が流れるのは、これがはじめてだ。
ながい沈黙の後――
「……ねえ、中西くん。あのときの約束、覚えてる?」
「……え?」
「ほら、良くいってたじゃない。『私が結婚する時は写真を撮って』って。良かったら……
その約束を守って欲しいの」
「……無理言うなよ。プロでやってる時ならともかく……」
「お願い」
断ろうとする中西さんの言葉を強引にさえぎり、笹原さんは彼の目を凝視する。
彼女の目は真剣そのものだった。
中西さんは腕を組み目を瞑った。そして数分後。
「わかった……引きうけるよ。でも、ひとつお願いがある」
「……なぁに?」
「これ……もらってくれないか? そして出来ればだけど結婚写真をこれに飾って欲しい」
中西さんは、わたしを手に取り笹原さんに差し出した。
先ほどまでの戸惑いの表情は消え、むしろすっきりとした表情だ。
「でも、これって」
「いいんだ。それにさ」
「……それに?」
「これは君に渡すつもりでいたんだ。今の今まで渡せず終いだったけど……それがやっと
果たせる」
とても優しくて寂しそうな笑顔で彼はふたたび差し出した。
そしてわたしは悟った。
わたしはこのためにうまれてきたのだ、と。
「……ありがとう。大事にするわね」
彼女は中西さんの目をそらさずにそう答え、わたしを受け取りうやうやしく小脇に抱えた。
二人ともとても優しい微笑を浮かべている。
「じゃあ……中西君、そろそろお暇するわね」
「ああ……元気でな」
「あなたもね……じゃあ」
後で写真の事で連絡すると言い残し、彼女はわたしを伴って静かにグリーン・ヒルを去っていった。

それから。
以来、中西さんとわたしが再会する事はなく風のように時が過ぎゆき――

――――

あれから、わたしは高瀬という家で、新しい顔を与えられて日々を過ごしている。
「いってきまーす!」
ここのお嬢さん、弘美さんが勢い良く飛び出し、愛車ヒロ君を駆って学校へ飛び出していく。
「ほら、あなたも出かけないと遅刻しちゃうわよ!」
「判ってるってば」
とか言いつつ、マイペースな様子で旦那さんが家を出ていく。
それを玄関で見送った奥さんは、一息ついて、リビングに戻る。
いつもの出来事で、そして平和な毎日。奥さんは、ほっと一息ついた。
朝の仕事はこれからまだまだあるが、とにかく一息つける時間が出来たわけだ。
奥さんは、ふとリビングの棚に視線を移し、わたしの「顔」を見る。
日頃家族に見せる事のない表情で、わたしの「顔」――いや、わたしそのものを見ているのだろうか。
「中西くん……」
奥さんは、かつてグリーンヒルで中西さんに見せた微笑を浮かべ、わたしの「顔」を軽く突付いた。
そこにはかつてのわたしの「顔」だった彼女の写真が飾ってあり、そしてその隣りには彼女の結婚式の
写真がある。中西さんが取った、あの写真だ。
これが今のわたしの「顔」。
中西さんの思いと、彼女の幸せがこもった一枚。
「さ、今日も頑張らなきゃ、ね」
彼女は、主婦の顔に戻るといつものように朝の片づけをはじめる。


今のわたしの楽しみ。
それは、彼女が選んだ幸せを見ている事。
そして、わたしはふと気がつく。
中西さんがわたしを彼女に渡した理由に。
そう.。彼はわたしに託したのだ。
彼女の幸せな姿をずっと見守りつづけて欲しいという願いを私に込めているのだと――

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